2020-02-04

食領域の課題を解決し、食生活に新たな価値を生み出す「フードテック」

複雑化する全容と、拡大の要因、成長の可能性を知る
ここ数年、「フードテック(食×テクノロジー)」によるイノベーションが、世界中で過熱し始めています。背景には、多様化する消費者ニーズに応えるIoTの台頭、食料危機やフードロスに対する課題感、主に先進国の高齢化に伴うヘルスケア需要の急増などをはじめ、さまざまな要因があるようです。
対応するサービスやビジネスには多種多様な業種のプレーヤーが参入しており、サイエンスや医療などにまたがるものも多いことから、「フードテック」は簡単に定義することの難しいワードともなってきました。
現在のフードテックとはどのように分類され、どのような点に注目すべきなのでしょうか。【前編】である今回は、そのような基本を理解するべく、国内最大規模のフードテックカンファレンス「スマートキッチン・サミット・ジャパン」を主催する、株式会社シグマクシスの田中宏隆さんにフードテックの全容についてお話を伺いました。

【後編】ではフードテックのユニークな事例やトレンド、課題感や展望などをお届けします。


ITだけではなく、幅広い業種で可能性が広がっている

——最新のテクノロジーを食領域の課題解決や発展に生かす「フードテック」。成長が目覚ましいようですが、現状の市場規模はどれほどのものでしょうか。

世界の市場規模は700兆円に上るという試算があります。フードテックに特化した投資額も2014年頃から世界中で急増し、経済的な成長領域であることは間違いありません。
カンファレンスやサミットの開催、情報発信や開発を目的としたコミュニティの形成なども、北米や欧州、アジアを中心に2015年頃から増え続けています。そもそも、この世に食の恩恵を受けない人はいないという点からも、永続的な伸びが期待できるテーマと言えるでしょう。

特に世界の生産、小売り、流通、調理の各分野で活発化しているという
※ シグマクシス社制作資料より(PitchBook調べに基づく)

——「フードテック」と称されるテクノロジーやトピックは、食料生産から関連サービス、家庭での調理に至るまで多岐にわたりますが、基本的にはどのように分類されるのでしょうか。

視点によってさまざまな分け方がありますが、私たちは次の図のようにセグメントしています。フードテックを理解するためには、テクノロジーやサービスの真新しさのみを切り取って話題にするだけではなく、ウェルビーイング(全体の良好性)を捉える必要があるでしょう。

フードテックは、開発、生産、流通、店舗、調理など、ビジネスの上流から下流まで、また家の外・家の中など、「食」にまつわるすみずみに関わる
※ シグマクシス社制作「Foodtech Venture Day」資料より

——フードテック関連の投資にまつわる話題が尽きないのも興味深いところです。特にどういった点が経済成長を支えているのでしょうか。

食料危機、フードロス、高齢化など、世界中に社会課題に直結したニーズが増えていること、また、調理や流通を含めて求められる食の多様性が広がりレンジが増えていること。この二つの柱が、フードテックに関連する経済成長をけん引しています。
例えば、2019年5月には米国で植物性の代替肉の開発を行うBeyond Meat(ビヨンド・ミート)社の時価総額が上場後、約一兆円に上り大きなニュースになりました。
代替肉についても、“世界的な人口の増加と中産階級の急増による食糧(たんぱく質)不足に対応する”という側面と、“ヴィーガンやベジタリアンなど代替肉を選ぶ人が増えている”という側面の二つが注目の理由になっています。

複数社がある代替肉企業のうち、初のNASDAQへの上場を実現。すでに米国全土で購入可能。米、英、香港、台湾などの大手バーガーチェーン等にも導入されている

もちろん、発想力の高いスタートアップや、テクノロジーをバックグラウンドにした企業だけではなく、小売り、外食、ヘルスケア、サービス、物流など、大手企業が参入し、ビジネスチャンスが拡大している事実も注目すべき点です。


成長のポイントは「社会課題の解決」と「多様化への対応」

——フードテック全体の成長や拡大を知る上で、特に重要視される課題やテーマはあるでしょうか。

フードテックによって克服すべき問題や課題については、環境問題、食料問題、プラスチックごみの問題、その他には、人手不足や食の安全、孤食等に至るまで、非常に多く幅広いというのが正直なところです。
食品や調理にまつわる既存のシステムに限界が来て、要求がシリアスになってきたという点も、ここ数年フードテックが盛り上がってきた理由の一つだと言えるでしょう。SDGs(国連で採択された持続可能な開発目標。2030年までに国際社会が連携して達成するべき17項目が示されている)にも、食の問題は大きく関わっています。

しかも、ある国では食糧難でありながらある国では食品を大量に廃棄している(フードロス)、ある国ではマルニュートリション(誤った栄養摂取による栄養不足・栄養過多)が発生している、ある国では糖尿病患者が増加しているなど、地球上で問題が複雑化しているのも特徴です。
日本も、高齢化による人手不足で食料自給率の低下などの問題を抱えていますから、決して対岸の火事とは言えません。人口1人あたりのプラスチックの廃棄量についても、残念ながら日本は世界で第2位という状況に陥っています。

株式会社シグマクシス ディレクター 田中宏隆(たなか・ひろたか)さん

——社会問題の解決だけではなく、“食の可能性を広げる”という可能性の部分でもフードテックには強い期待が寄せられていますね。

その通りです。フードテックはサブスクリプションなどの応用も含めて、生活者の食や料理の価値を高め、今までよりもさらによい体験にするために役立ちます。

これまで“食に期待するもの”と言うと、「美味しさ」「健康にいい」「高品質である」等、非常にシンプルに捉えられてきました。しかし、「限られた時間で料理を楽しみたい」「ヴィーガン食を実践したい」「より自分の体質に合った食生活を送りたい」など、テクノロジーやサイエンスの進化などによって細かなニーズが顕在化してきたことで、新しい食の価値の創造や再定義が進み、サービス・ビジネスのすそ野が広がりました。

近年、ITやデータ活用によってユーザーの詳細なニーズやインサイトが顕在化。対応するフードテックの内容も大きく広がりつつある
※ シグマクシス社制作資料より


社会課題に関しては、やはりto Bのフードテック事業やサービスが中心になります。しかし、ユーザーがよりパーソナルで、新しい食の価値に根差したサービスを求めているという視点で見ると、to Cのフードテックにも非常に大きな可能性があります。

食の価値の捉えなおしによる進化とルネサンスを同時に叶えるのがフードテックの本質的な価値
※ シグマクシス制作資料より


国内でのキーワードは「省人化」と「パーソナライズド」

——国内では、特にどのようなフードテックが求められているでしょうか。

これもたくさんありますが、まず農業や飲食業における省人化や効率化に関わるフードテックの導入は急務だと言えるでしょう。また、健康状態、ライフスタイル、好みに合った食生活を実現する、パーソナライズ化に関わるテックサービスは求められている部分だと思います。

既存のマス向けのセグメンテーションでは、刻々と変化するユーザーの食のニーズに対応しきれなくなってきました。すでに、家庭でもおなじみとなってきたような、食材と調味料を入れるだけで料理が完成したり、外出先からスマホで操作ができるIoT調理器などのほか、複数のデータを組み合わせて摂るべき栄養素をレコメンドするサービスや、個人に適した食事を提案するレシピサービスなど、大手企業からスタートアップまで、様々なプレーヤーがこの分野にトライしています。

興味関心の高いフードテック関連のサービスやアイテムなどの具体例やトレンド、それによって私たちの生活がどのように変わるのかといった未来像などについては、記事の【後編】でお話しします。国内で象徴的な成功事例が誕生すれば、フードテックのブレークは一気に加速する可能性が高いでしょう。

食の本質に関わるフードテックのポテンシャルは大きい
※ シグマクシス社制作資料より

世界で過熱するフードテック市場。衣食住の「食」の分野に画期的なイノベーションが展開される可能性のある、面白い時代に突入してきました。今後の展望や将来性を知るには、サービスやアイテムの進化や投資の話題だけではなく、全体の良好性と生活に近い部分でのフードテックの活用などを見ていく必要がありそうです。

Written by: BAE編集部

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