2023-09-08

現代ユーザーのインサイトを捉える、ウェルビーイング×ビジネスの有用性

商品やサービスの新たな価値を創造するマーケティング視点
ウェルビーイングは、身体・心・社会すべてが良好な状態を表す言葉です。すでに欧米では、スタンダードな考え方として広がっており、昨今日本でも、注目のキーワードになっています。

なぜならウェルビーイングは、「新しい幸福の形」だからです。それはそのまま、新時代の生活者インサイトとして、ビジネスの幅を広げ、新しい価値を生むことも可能な視点です。

ヘルスケア、ウェルビーイングマーケティングを軸に展開する、株式会社インテグレート 代表取締役CEO 藤田康人さんに、電通プロモーションプラス クリエイティブディレクター 生亀寿昭が「ウェルビーイング視点での新たな価値創造」について、聞きました。


機能訴求だけでは刺さらない時代。求められる「ウェルビーイング」

生亀――昨今、マーケティング業界でも「ウェルビーイング」は注目ワードになっています。そもそもなぜいま、ウェルビーイングに注目が集まっているとお考えでしょうか?

藤田――新しい社会、世界の共通目標として「SDGs」が登場し、環境も含めたサステナビリティへの関心が高まるなか、新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を襲いました。当たり前が一変するという経験をしたことで、生活者の求める幸せの形や、満足する暮らしの形も自然と変化しましたよね。以前から「幸せの形」の多様化の流れはあったと思うのですが、それが加速した。そのなかで、身体・心・社会という3つが良好である「ウェルビーイング」という概念がいまの時代にマッチしたように思います。

生亀――コロナ前から、価値観は多様化していましたが、コロナを経て、さらに細分化されたような印象がありますよね。これまで広告は「この商品・サービスを使うとあなたは幸せになれますよ」ということを届けてきたわけですが、昨今は機能訴求だけでは、なかなか刺さらない時代になってきています。


藤田――機能だけでなく、付加価値を届けることが大事ですよね。

生亀――はい。私は以前、スポーツクラブ関連の仕事をしたときに、「身体の健康」だけでは生活者にとって魅力的な提供価値とは受け取っていただけないと考え、「身体が健康的になると気持ちも健康になる」ということを企業の提供価値とするべきだと提案しました。その結果社会や環境までよくなる。まさにウェルビーイングの視点でメッセージが届けられると、現代の生活者の心を捉えやすいのではないかと思います。

藤田――私は、ウェルビーイングにおける「ソーシャル」という言葉を社会や地球ではなく、もっとパーソナルな視点で捉えるようにしています。たとえば、会社の経営者で、事業は順調で、お金も持っている。社会にも貢献しているし、世の中にもイノベーションを起こしているのに、家族や信頼できる友人がいなかったとしたら、それは幸せな人生と呼べるでしょうか。きっと幸福度は低いはずです。つまり、「私と社会」というミクロの世界で満たされていないと、人は幸福感を覚えることはできないわけです。

生亀――確かに「お金があれば幸せになれる」というのは、前時代的な価値観で、いまはお金だけがすべてではない時代ですよね。そのなかでウェルビーイングが「新しい幸福の形」と言われるのは、目に見えないもの、心の豊かさを価値として捉えているからなのでしょうね。

藤田――そうですね。「推し活」も心の豊かさにつながる行動ですが、見返りを求めてする活動ではないですよね。応援することが自分の満足感につながっている。経済合理性だけで生活者を捉えることは、難しい時代になっていますね。


米の市場規模は750兆円。ポイントは「新しい関係性」の構築

生亀――ウェルビーイングは「現代」という時代性と実にマッチした考え方ですよね。すでに欧米では広く浸透している、というのも頷けます。

藤田――アメリカでは、関連ビジネスが広がりを見せており、スイスの金融大手クレディ・スイスが2021年に発表したレポートによれば、アメリカだけでその市場規模は750兆円にものぼると言われるほどの巨大市場となっています。

生亀――そこにはヘルスケアやウェルネスも含まれますよね?

藤田――はい。ヘルスケアの文脈にはスリープテックなども含まれますし、ウェルネスの文脈には人事、良好な職場関係の構築やコーチングなども含まれます。ただし現状は、身体だけ、もしくは心だけが健康になるものも該当しますので、総称として使われている印象です。私はそこに違和感を覚えますが、この新しい市場が現在も発展途上である証と捉えています。

生亀――発展途上であるということは、さらに伸びる可能性も十分ありそうですね。一方で、幸福度も心の健康度も、数値化しづらいものです。これは、ビジネスにおいてひとつのハードルにもなりますが、どのような効果測定が有効でしょうか?

藤田――現在も多くの企業が「ウェルビーイングの数値化(可視化)」に挑んでいます。しかし私は「測る」ことより、ウェルビーイング視点によって生まれる生活者との「新しい関係性」のほうが重要だと考えています。


生亀――測って可視化することよりも、新しい関係性を見出すことが、ウェルビーイング視点でビジネスを考える上では大事なのですね。

藤田――はい。数値はファクトですが、ファクトばかりを追いかけると、ときに本質を見失ってしまいます。たとえば、健康志向の高まりを受けて、新しいビールを考案するなら、糖質オフのノンアルコールビールという発想になるでしょう。しかしそもそも、ビールを飲む理由は「おいしくて楽しいから」ですよね。その本質を無視して、ファクトだけ追いかけても生活者の心は満たされません。

生亀――ファクトだけ追求した結果、「おいしくないビール」が生まれても、誰も買わないですよね。ここからは、実際の商品の事例などについて、お聞かせねがえますか?


ウェルビーイング視点での新しい価値創造事例

――事例 バドワイザー〜ウェルビーイングな視点で新しい商品価値を伝える〜

藤田――まずは、先ほどビールの話が出ましたが「バドワイザー」の事例についてお話しします。バドワイザーは、ビールとしての商品のおいしさや喉ごしなどを訴求するのではなく、ウェルビーイングな視点で商品価値を伝えています。そんな同商品のパーパスは「We exist to bring people together?(人々を集めるために、我々は存在する)」です。

生亀――なるほど。バドワイザーは、「ビールを売っているのではなく、ビールを通して生まれるコミュニケーションを売っている」のですね。
※iama_sing - stock.adobe.com
藤田――はい。人と触れ合えば心も豊かになるし、人間関係も良好になれば社会もよくなる。また、同社は、コロナ禍でもオンラインで集まる「お酒を使ったつながり」を提供する取り組みなどを実施。自社の事業が生活者のコミュニケーションの創出、ウェルビーイングに貢献することを第一に行動しました。

生亀――その提供価値に共鳴する新しいファンの獲得にも寄与しているでしょうし、中長期でのブランディング面ではプラスに働いていますよね。

藤田――そうです。しかしその効果を可視化するのは難しい。しかしビールという商品の隠れた価値に焦点を当て、「新しい関係性(関係性のリデザイン)」を築いたことは間違いなく、そこを重視すべきだと私は考えているのです。

生亀――ウェルビーイング視点で、既存の商品・サービスを捉え直すと、新たな価値を創造できるということでは、もともとオランダで始まったスローレジなんかもいい例なのかもしれません。時間効率を重視する最近のレジだと置き去りにされてしまう方々とのリレーションを高めることで、安心してお買い物ができるお店として認識され、結果ロイヤリティが高まっているというのも納得ができます。

――事例 キシリトールガム〜治療型から予防型への転換〜

藤田――次に、「キシリトールガム」の事例をお話しします。私は、虫歯予防のキシリトールガムに、キシリトールの原材料メーカーのマーケッターとして関わりました。この事例の成功の背景には、歯科医の協力があります。当時、歯科医のビジネスは治療型で、虫歯になったら行く場所でした。しかしそれを、予防のために行く場所、予防型へと転換すべく、「キシリトールガムで虫歯が減る」というエビデンスとともに訴求することで、予防目的で来院する新しい顧客の獲得につなげたのです。ウェルビーイングという言葉が生まれるはるか前の事例ですが、いま振り返ればとてもウェルビーイングな視点で価値の捉え直しをしているなと思います。
藤田康人著 ウェルビーイングビジネスの教科書P111 視点を変えて、歯科医のビジネスを治療型から予防型へと転換することで、新しいビジネスモデルを生み出した

生亀――
治療ではなく、予防のために歯医者に行く。まさに視点を変えたことで、新しい関係性を作ったのですね。他にも事例があれば、教えてください。

――事例 ライオンの浴室用洗剤〜落ちるではなく、「楽」を訴求してヒット〜

藤田――2018年に発売され、大ヒットした、ライオンの「ルックプラス バスタブクレンジング」も視点を変えて、成功した例のひとつです。それまで、浴室用洗剤は「汚れが落ちる」という基本機能を競っていました。しかし同社は、浴室用洗剤の価値を「掃除の時間や手間を省くこと」と捉え直し、“こすらず洗う”という従来とは異なる掃除スタイルが可能な商品を開発し、訴求したことで、発売から半年で1,300万個を売り上げました。

生亀――「時間や手間を省く」と言われると「時短」が価値として捉えられそうですが、その時間を「家族と一緒に過ごすために使える」と捉えるなら、お風呂掃除が楽になることは、生活者の「幸せ」につながる。ウェルビーイング視点は、今まで以上に生活者の心情を重視して発想することが大事と言えそうですね。


――事例 クラフトコーラ〜肥満予防ではなく、ナチュラルなコンセプトで支持を獲得〜


藤田――ここ数年のクラフトコーラのムーブメントも、ウェルビーイング、関係性のリデザインという文脈で捉えることができます。そもそもコーラマーケットは、「コカ・コーラとペプシコーラ」の寡占状態にありました。そこに、一石を投じたのがクラフトコーラです。たとえば「伊良コーラ」。コーラ好きの創業者が、2年半の歳月をかけてナチュラルなコンセプトを商品化しました。糖質・糖類オフでありながら、メタボ対策ではなく、ナチュラルで薬膳的、さらにはサステナブル要素も含んだ、まさにウェルビーイングな関係性をコーラというカテゴリーに持ち込むことで、現代の生活者の共感を得たということではないでしょうか。

生亀――クラフトコーラは、企業規模や生産量、広告費においてコーラ市場で競争することは難しいけれど、顧客との距離の近さを武器に、新たなコーラ需要を生み出しているというのは、とても面白いですね。その商品を購入することで自分が豊かになれると思えるかどうか。今までとは違う新しい価値基準を提示するので、企業規模を問わず、新規参入もできるのが、ウェルビーイング視点の強みとも言えそうです。


変化する時代だからこそ、ウェルビーイング視点で捉えなおすことが重要

藤田――大事なことは「関係性」をどう構築していくか。必ずしも、イノベーティブな商品である必要はなく、自社の製品やブランドと顧客の関係性を、ウェルビーイングの視点で見つめ直すことで、新たな可能性に出合うことが可能です。コロナ禍を経て、さまざまなことが変化しているなか、「変わらずにいること」がリスクなケースもあります。関係性のリデザインによってビジネスの幅を広げていくチャンスがあるのなら、トライすべきですし、それこそがウェルビーイング視点であらためて商品や事業の価値、在り方を捉えなおす最大の効果とも言えます。

生亀――視点を変えてみる。そのときにウェルビーイングを意識する。シンプルですが、決して簡単ではないですよね。

藤田――そうかもしれません。ですが、現在また来日する外国人観光客が増えていますが、彼らはウェルビーイング的なものを求めているでしょうし、コンテンツであれ、観光であれ、プロダクトであれ、絶対にフィットするはずです。たとえば、お茶や温泉には、おもてなしの心がありますし、日本に昔からある「三方よし」という経営哲学も、ウェルビーイングに通じるものです。つまり、そもそも日本文化はウェルビーイングの要素を含んでいるわけです。そのアドバンテージを活かせるという点でも、グローバルという観点でビジネスを捉える際に、ウェルビーイング視点を持つことは非常に有用であると私は考えています。


生亀――
広告会社の自分が提案する際も「身体も心も社会も健康」であるウェルビーイングなら、自分ゴト化しやすいですし、感情移入もしやすい。関わる人間としての喜びも感じやすいように思いました。それは私自身もウェルビーイングを求める生活者のひとりだからかもしれません。ウェルビーイングのビジネスポテンシャルを知り、あらためて「関わる人が幸せになる仕事がしたい」と思いました。本日はありがとうございました。
身体・心・社会が良好な状態であるウェルビーイングが「新しい幸福の形」と言われるのは、コロナ禍を経て、多くの人びとが「当たり前の日常」の尊さ、価値を知ったからではないでしょうか。
ウェルビーイングの視点でビジネス、マーケティングを捉え直すことは、表面的でなく真に人びとの「多様な形の幸せ」にフィットするようなプロダクトやサービスを作っていくことにつながります。これからの時代において非常に重要な視点であるウェルビーイングの市場は、今後ますます拡大していくと見られており、その視点は私たちのライフスタイル全体にまで広がっていく可能性もありそうです。


藤田 康人
株式会社インテグレート 代表取締役CEO
新卒で、味の素(株)に入社。1992年、ザイロフィンファーイースト社(現ダニスコジャパン)を、フィンランド人の社長と2人で設立。1997年、素材メーカーの立場からキシリトール・ブームを仕掛ける。2007年5月、株式会社インテグレートを設立、代表取締役CEOに就任。著書に『ウェルビーイングビジネスの教科書』(アスコム)、『ウェルビーイングで変わる! 食と健康のマーケティング』(日本経済新聞出版)などがある。

生亀 寿昭
株式会社電通プロモーションプラス
クリエーティブディレクター / 観察家
アートディレクターとして培った観察力を生かし、生活者目線でのCRプランニングを軸に活動。社内ユニット mikke design lab.を起点に商品企画などの提案・開発も行う。仕事をするなかで少しでも未来を良くしたいと思う8歳児の父。

Written by: BAE編集部

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