2021-06-08

顧客体験を言葉でデザインする「UXライティング」が求められる理由

デジタルプロダクトのUXから、企業のブランディングまでを担う
スマートフォンのようなデジタルデバイスや、Webサービスの中で使われる言葉には、顧客体験を意識した緻密な設計がなされています。海外を中心に注目を集めているUXライティングという概念とは何なのか、なぜ必要とされているのか。UXライティングの講師としても活動されている、UXコピーライターの宮崎直人さんに、電通テックのコピーライター 菊池雄也がお話を伺いました。

※2022年4月より電通テックから電通プロモーションプラスへ社名変更しました。


目指しているのはお客様の記憶に残らない言葉

菊池――最初に、UXライティングというものが、どういったものなのか教えていただいてもよろしいでしょうか。

株式会社電通テック クリエーティブディレクター/コピーライター 菊池雄也

宮崎――まだ新しくできた領域の言葉ですので、人によって言い方や定義が定まっていない部分もあるのですが、私は「お客様の体験を言葉でデザインする」こと、と定義しています。最近では、「UX(ユーザー・エクスペリエンス)」という言葉が浸透してきていますが、お客様がプロダクトやサービスを通してどういう体験をするのかを設計、デザインするのがUXといわれる領域で、特にその中で言葉に関わる部分を担うのがUXライターであったり、UXライティングという仕事だと思ってます。UXライティングについて説明するときに紹介する事例があるのですが、カゴメの「野菜生活」という紙パック飲料がありまして、飲み終わってパックをたたむと「たたんでくれてありがとう」というテキストが現れることをご存知でしたか?


菊池
――おお、本当だ! 隠れているので、買ったときには気づきませんね。

宮崎――そうです。このメッセージはパックをたたんだ人だけが見られて、しかもお礼を言ってもらえることで嬉しい気持ちになり、また次もたたもうと思う。「UXライティングは課題解決」であるとも私は言っているのですが、この場合はカゴメさんの「パックをたたんでほしい」という課題を見事に解決しているわけです。まさに、顧客体験(UX)と言葉とが組み合わさって新しい価値が生まれる、UXライティングのお手本のような事例だと思います。

あと払い決済サービスの「ペイディ」を提供する株式会社PaidyのSr. Marketing / UX copywriter 宮崎直人さん

菊池――たたむという行動の中でこのコピーが出てくることで、言葉の伝わり方が違ってきますね。

宮崎――そうですね。また、狭義でのUXライティングが専門領域とするのは、アプリやWebサービスなど、デジタルプロダクトです。例えば初めてアプリを開いたときに出てくるチュートリアルの説明文だとか、キャンペーンや新機能追加のお知らせをするプッシュ通知の文言だとか、お客様の困りごとを解決するヘルプページのテキストだとか、UXライティングはそのデジタルプロダクトに関わる全ての言葉を取り扱います。


菊池――なるほど。UXライティングという概念はまだ認知度が低いですが、みんな知らないうちに色々な場所で触れているのかもしれませんね。

宮崎――はい、まさにその「知らないうちに」というのがUXライティングのポイントなんです。UXライティングについて理解していただくために、「コピーライティング」との違いを比較しながら説明できればと思います。


宮崎――ご存知の通り、マーケティングには「4つのP」という概念があります(Product:製品、Place:流通経路、Promotion:販売促進、Price:価格)。コピーライティングが担っているのはPromotionの部分、お客様の興味を喚起して、記憶に残して、実際に使ってもらうための言葉ですね。UXライティングはProduct、お客様が実際にプロダクトを利用している最中に、迷うことなくスムーズに、ストレスなく使ってもらうための言葉なんです。だからこそ、UXライティングのコピーは、お客様の記憶に残らず、頭を使わないで理解ができてしまうというのが正解。基本的には透明な存在であることが求められます。

iPhoneのロック画面で表示される「上にスワイプしてロック解除」という文言は、何度も見ているはずなのにユーザーの記憶に残ることはほとんどない

菊池――コピーライティングは表現の幅が無限なので、どのように伝えようか頭を悩ませることが多いのですが、UXライティングは誰が見ても誤解されないように情報を伝えなければいけないので、表現に絶対的な答えがあるような気がします。たとえるなら、人によってさまざまな解釈ができる国語の世界と、疑問の余地もない正解が存在する数学の世界という印象がありますね。

宮崎――国語と数学は、すごく的確な例えですね。私も以前コピーライターをしていたのでわかるのですが、コピーライターは文系的な思考力、UXライターは理系的な思考力と、頭の使う部分も変わってきます。

菊池――ですよね。コピーライターは記憶に残そうと言葉を考えるのに対し、UXライターは逆に記憶に残さない言葉を考える。頭を使わずに理解させるという意味では、究極を言えば道路標識のように、考えさせずに行動に直結させるような役割を持っているということですね。

宮崎――おっしゃる通りです。何の疑問も抱かせず、何も考えさせずに、してほしい行動へと誘導する。
それがUXライティングの理想です。


UXライティングは企業のブランディングにも関わる

宮崎――これまで、UXライティングの機能的な価値についてお話ししてきたのですが、実はUXライティングにもコピーライティングのようにお客様の感情に訴える「情緒的価値」というのがあるんです。

菊池――それはどういったものですか?


宮崎――言葉を通じて、プロダクトに愛着を持ってもらう、ポジティブな気持ちを醸成するという価値です。ビジネスチャットツールのSlackはUXライティングの世界的な先進企業と言われているのですが、彼らはプロダクトを1つの人格に見立てて、お客様とコミュニケーションを取る中で、どのような表現なら感情に波をたたせることできるのか、いい気持ちになってもらえるのか、という設計を徹底しています。日本の企業では、メディアプラットフォームのnoteが好事例です。noteでは、記事を下書きすると「また書きに来てくださいね。」といったコメントがランダムで出てくるのですが、こういうことを言われるとちょっと嬉しくなるというか、続きを書きたくなりますね。

noteで下書き保存をすると表示されるメッセージ

菊池――わかります。一方でこれは個人的な感覚なのですが、よく外資系のサービスなどにあるフレンドリーでユーモアあふれる文体。実はあれが、けっこう苦手なんです。なれなれしいわ!と思ってしまう(笑)

宮崎――はい、その感覚は間違っていないと思います(笑)特に日本人はもっと淡白な表現やメッセージの方が合うという人も多いですよね。機能的なテキストは100%、万人に受けるものでなくてはならないのですが、情緒的なテキストは人によって好みが分かれるのは避けられないことです。しかし、UXライティングの世界では、その文体もまた企業のブランディングなんですよ。


菊池――私の感覚が間違ってなくてホッとしました(笑)つまり企業の姿勢やブランドが、言葉と紐づいているということでしょうか。

宮崎――そうですね。例えばストリーミングサービスのSpotifyは、自動でプレイリストを作成してくれる“Discovery Weekly”という機能があるのですが、「おすすめ」や「レコメンド」ではなくて敢えて「Discovery」という言葉を選んでいるのは、まさに「いい音楽を発見しよう」という同社のメッセージが込められているんです。プロダクトを使ってくれる方にどういう言葉で語りかけるのかとか、どの表現を選択するかとか、いわゆる「ボイス&トーン」をきちんと決めて、運用していくというのも、U Xライターの大切な仕事ですね。

菊池――なるほど。例えば、Pepperくんが、ソフトバンク社のイメージにそぐわないボイス&トーンで喋っていたら違和感を感じてしまいそうですね。

宮崎――おっしゃるとおりです。同じようにロボットで例えると、「ドラえもん」がわかりやすいと思います。ドラえもんってのび太(お客様)の要望にひみつ道具で応えてくれますよね。つまり、スマートフォンやアプリの究極の進化系ともいえます。ドラえもんを1つのプロダクトとして捉えると、何を話すのか、どんな口調で喋るか、どういう声色なのか、ひみつ道具のネーミングはどうするのか、そういったことを考えている人が絶対いるはずなんです。

菊池――そうか。ドラえもんの話す言葉を書いているのが、UXライター、ということですね。


宮崎――そうなんです。


海外では既に重要性が認識されているスキル

菊池――そういえば、先ほどの「野菜生活」を見て思い出したのですが、以前私がとあるアイデアコンテストで応募した「シークレット・メッセージ」というアイデアも、行動とメッセージがリンクしているという意味で同じ発想だな、と思いました。コカ・コーラのボトルにコーラ色のサインペンでメッセージを書くと、飲み干したときに文字が現れるという仕掛けで、コカ・コーラを贈って、胸に秘めた大切な想いを伝えよう、というアイデアです。

「2010年 第1回 販促会議賞」グランプリを受賞した「シークレット・メッセージ」

宮崎――このコピー、私も覚えてました! 確かにこれはUXライティング的な事例ですね。

菊池――なので「野菜生活」の事例も、行動とメッセージがセットになっているのが面白いなと思って。私も「飲むとメッセージが出てきて心が動く」という、その一瞬の体験を捉えたいという思いがありました。「体験を言葉でデザインする」という意味では、「シークレット・メッセージ」も、UXライティングの発想に近かったのかなと思います。

宮崎――本当にその通りだと思います。

菊池――おそらく「UXライティング」という言葉が生まれる以前から、「体験を言葉でデザインする」ということは行われていたんだと思います。しかし、なぜこのタイミングで「UXライティング」が注目されているのでしょうか。

宮崎――その理由は2つあります。1つは、スマートフォンが普及したこと。これまで携帯電話は分厚い説明書を読みながら操作方法を理解するものだったと思うのですが、iPhone以降は説明書がなくなり、実際に操作をしながら覚えていくという状況が生まれました。画面の中の短いテキストでいかに理解してもらうか、顧客体験をデザインする必要性が出てきたのです。

2つ目は、デジタルプロダクトが一気に成熟してきたことで、コモディティ化が進みました。性能的には変わらないんだけど、どちらかのプロダクトを選ばなければいけないという状況が生まれる中で、使いやすさ、つまりUXの部分で差別化がはかられるようなりました。これも「UXライティング」が必要とされている理由の1つです。


菊池――ふむふむ。 UXライティングが必要な理由と、求められている理由が見えてきた気がします。

今日、お話を聞いて思ったのは、UXライティングはコンバージョンに大きく影響しそうだな、と。というのも、私は店頭ツールで使うセールスコピーを書く仕事もするのですが、マスのコピーとは違って、店頭ではお客様は長い文章を読んでいる時間はなく、考えさせることなく一瞬で「欲しい」と思えるように情報を伝えなければいけません。お客様の行動に直結する言葉を考えるという意味では、UXライティングも近いものがあるなと思ったんです。

宮崎――近いですね。しかも、コピーライティングと比べると、デジタルプロダクトを主な領域とするUXライティングは、どれだけコンバージョンにつながったのかを数字で証明しやすいというのも特徴かと思います。

菊池――企業にUXライターがいるかいないかで、コンバージョンに大きな差が生まれそうだなと感じました。弊社でもちょっと試してみたいですね。

宮崎――海外では既にUXライターという職業が確立されていて、先ほどご紹介したSlackをはじめ、GoogleやAmazonといった海外の先進IT企業がUXライターを積極採用しています。翻って日本ではどうかといいますと、UXライティングの必要性は認識されつつあるのですが、まだUXライティングに特化した人材はほとんどおらず、UXデザイナーとか、UIデザイナー、プロダクトマネージャーとかマーケターなどの人たちが自分で書いている状況ですね。

菊池――UXライティングの重要性を認識していないと、わざわざ外部のライターに発注するほどでもないし自分で書いてしまおう、と思ってしまいそうですよね。私からしても、クライアントさん自身が書いた文章を見てもったいないなと感じることもありますし、コピーライターとは求められるスキルが異なるとも思いますので、UXライターという存在は、これからもっと注目されていくし、ますますニーズが高まっていくと感じます。

宮崎――先ほどUXライティングは企業のブランディングに紐づいているという話もしましたが、Apple社はスティーブ・ジョブズがプロダクトのクオリティに徹底的にこだわっていたといいますけど、ブランディングがしっかりしている企業は、そういった部分までしっかりチェックされているという話もあります。UXライティングが担うのは、企業コミュニケーションの中でも、相当に上位の部分となりますし、企業にとってこれからUXライティングは非常に重要な概念になってくるのではないでしょうか。

「UX」というとデザインやインターフェイスに目が行きがちですが、テキストもまた、顧客体験をデザインする重要な要素であることが認識されつつあります。企業コミュニケーションの要として、UXライティングの重要性を意識し、一つ一つの言葉を設計していくことが、今後どの企業でも求められていくのかもしれません。


宮崎直人(みやざき なおと)
株式会社Paidy Sr. Marketing / UX copywriter
2007年4月、日経グループの広告会社、日本経済社に新卒で入社。 1年間の営業経験の後、コピーライターに。2019年1月、楽天にコピーライターとして入社。UXライティングと出会う。2021年2月、あと払い決済サービスを提供するスタートアップPaidyに入社。プロダクトのUXライティングとマーケティング施策のコピーライティングに従事。

菊池雄也(きくち ゆうや)
株式会社電通テック クリエーティブディレクター/コピーライター
2002年電通テック入社。 3年間のプロデューサー職を経て、コピーライターに。コピーライティングに軸足を置きながら、映像制作、プロモーション_プランニング、デジタルキャンペーン、イベント企画など、枠にとらわれないクリエーティブワークを実践。実は八丈島出身の海人。

Written by: BAE編集部

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