2022-11-01

店舗DXの新星、店内の「音」ソリューションが人々の行動を変える

最新の研究で新たに見えてきた店内BGMがもたらす効果
サウンドマーケティングという言葉が存在する通り、音や音楽が人間の行動や心理に与える作用をマーケティングに活用しようという取り組みは以前から行われてきた。60年以上にわたって店舗向け音楽配信事業を手がけてきた株式会社USEN(USEN-NEXT GROUP)も2019年から音に関する研究成果を「音空間デザインラボ」という自社サイトで発信し続けている。音や音楽は人々の購買行動などにどのような影響を与えるのか。同社の執行役員、コンテンツプロデュース統括部長 山下 光儀さんと、企画開発本部 音楽配信事業推進部長 亀割 誉さんにお話を聞いた。


時代とともに変化してきている店内BGMのニーズ

——従来、サウンドマーケティングの分野ではどのような研究がなされてきたのでしょうか。

山下――有名なのはアメリカの学者、ロナルド・ミリマンによる研究(1982年)でしょうか。ミリマンはアメリカの中規模のスーパーマーケットで、テンポの速い音楽をかけた場合、テンポの遅い音楽をかけた場合で売上が変わるのかどうかを調べました。その研究によると、テンポの遅い音楽をかけた方が、売上が伸びたというんですね。それはなぜかというと、ゆったりしたテンポのBGMによって、お買い物をゆっくりと楽しむように行動が変わり、いろいろな商品を手に取ることで、結果として購買点数も増えたからとされています。

ミリマンは同様の調査をレストランでも行いましたが(1986年)、これもやはりテンポの遅い音楽をかけた時の方が、注文点数が増えて売上が伸びたという結果になっています。その後も、いろいろな研究者によってBGMと消費者行動の影響に関する研究が行われてきました。

——サウンドマーケティングは、日本よりも海外の方が先行している状況でしょうか。

山下――音が人間にもたらす作用の研究という意味では海外の方が進んでいると思います。例えば音楽療法といったものがあります。日本でも耳にしたことのある人は多いと思いますが、とはいえ浸透しているとは言い難いですよね。ただ店内BGMの活用という点においては、そもそも海外にはUSENのようなサービスがほとんど存在しないということもあり、日本の方が先行していると言えると思います。

——日本では店内BGMはどのように活用されてきましたか。

山下――弊社では、店内BGMを60年以上ご提供してきた知見にもとづき、例えばスーパーマーケットでは、ゆっくりしたBGMは仕事帰りにゆったり買い物を楽しみたいお客様がいる時間に、逆にタイムセールなどの人が混雑する時間帯はアップテンポの曲をかけて来店者の高揚感を高めましょうという提案をしてきました。つまりミリマンの研究成果と私たちの認識に若干の乖離があったわけですが、明確なエビデンスはありませんでした。そこであらためて調査をしてみようと池上真平先生(昭和女子大学 人間社会学部 心理学科 専任講師)にご協力いただき、実際のコンビニエンスストアを借り切り、BGMのテンポによって購買行動が変わるのかどうかを検証してみました。すると、私たちの認識と同じく実際に速いテンポのBGMの方が、遅いテンポのBGMをかけた時より時間あたりの購入金額が上がるという結果が出ました。

熟慮性が低い属性の実験参加者に限り、BGMのテンポが速いと買い物の所要時間が短いということがわかった

これはミリマンの研究が間違っているというわけではなく、業種業態によって結果は変わってくるでしょうし、日米での文化の違いも関係しているかもしれません。いずれにしても、これまで都市伝説のように語られてきた音楽の効果を研究によって立証することができれば、私どもとしても店舗様のニーズに合わせた最適なBGMをご提案できるのではないかと思いました。そこでマーケティングのみならず、音響、行動心理学、脳科学、免疫学、産業医学などの専門家による監修のもと、音に関する研究を行い、成果を発表するウェブサイト「音空間デザインラボ」を2019年に立ち上げました。

音空間デザインラボの公式サイト

亀割
――店舗様からの要望も、これまではその時々のヒット音楽をかけるだけで良しとされていたのが、目的を持った空間演出のツールと認識されるようになり、より具体的なニーズに合わせた店内BGMが求められています。

——音楽の嗜好性にも変化やトレンドがあるということでしょうか。

山下――そうですね。例えばUSENが立ち上がった1960年前後、歌謡曲全盛の時代はみんなが知っているヒット曲というものがありましたし、一昔前でもJ-POPが圧倒的な人気を誇って、店舗様の業種問わずJ-POPを流すことはトレンドでした。ところが、海外からたくさんの音楽が入ってくるなど情報量が増えることで、国内の音楽ジャンルも多様化し、人々の嗜好も広がっていきます。それとあいまって、いまはストリーミングサービスで、自分の好きな音楽をいつでもどこでも聴けるようになりました。音楽との接し方が、よりパーソナルになってきていると言えるでしょう。


明らかになってきた音楽が人々の意識や行動にもたらす影響

——これまで「音空間デザインラボ」で取り上げた研究の中で、マーケティングの観点から注目すべき研究成果を教えていただけないでしょうか。

山下――空間で流す音楽によって人が受ける印象はどう変わるのかという研究も行っています。谷口高士先生(大阪学院大学 情報学部 教授)にご協力をいただき、さまざまなBGMを流した状況下で店内の写真を見てどのような印象を受けたか参加者に回答してもらうという調査を行いました。同じ空間写真に対してでも、背景で流れている音楽のジャンルによって親しみを感じたり、派手であると感じたり、印象が異なってくることがわかりました。

ほとんどのジャンルの音楽で、無音時よりも各印象の評価が上回っている。BGMが店舗に対する印象に影響を与えることがわかる

BGMによって空間だけでなく、人に対する印象も変わってくるということもわかっています。この実験では、BGMの種類によって人の第一印象がどのように変わるのかを調べてみたのですが、癒やし系の音楽やクラシック音楽をかけながら人物の写真を見てもらうと、無音の状態の時に比べて、相手に対して優しそうとか誠実そうなどの印象を抱きやすいという結果が出ました。

BGMによって人に対してのポジティブな評価が高まっている

——BGMが空間や人に対する印象を変えるというのは面白いですね。店舗での購買行動につながる研究成果はありますか?

山下――先にご紹介したミリマンのレストランの研究をふまえて、谷口高士先生監修のもと私たちが改めて検証したところ、BGMのテンポが変わることで実際に食事時間が変化することがわかりました。ランチタイムのような時間帯は特に、アップテンポのBGMをかけて回転率を上げる方が、売上の向上につながりやすいと言えます。


また、BGMが購買意欲にどのような影響を与えるのか調べた研究もあります。スーパーマーケットの店内画像を提示しながら音楽を聴いていただき、その時の「快さ」「興奮」「購買意欲」についてアンケートに回答してもらったところ、「快感情と購買意欲」と「覚醒度と購買意欲」それぞれが、統計的に有意な相関関係があることがわかりました。

快感情が高いほど購買意欲も高くなる(左)、覚醒度が高いほど購買意欲も高くなる(右)ことがわかる


店内におけるさまざまな「音声」が秘める価値

——近年、店舗DXを積極的に推進されていますが、店内BGMにおいてもDXは進んでいるのでしょうか。

亀割――はい。弊社でも店内BGMの選曲にAIを取り入れた、「USEN MUSIC」というサービスの提供を2020年から始めました。お店の業種、雰囲気、天気、来店者の属性といった定量的なデータ、また私たちが「サウンドイメージ」と呼んでいる楽曲に対するイメージ、「ラグジュアリー」や「メランコリック」といった定性的なデータをスコア化し、配信する全ての楽曲にメタデータとして付与しています。それらの情報をもとに、様々な条件に合った選曲を自動で行っています。加えて店舗に設置したAIカメラで読み取ったお客様の属性データをもとに、例えば20代のお客様が来店した際に、20代が喜ぶプレイリストを流すなど、店舗空間に適したBGMをリアルタイムで自動選曲して流すという仕組みもあります。

——店舗側としてはお店の雰囲気に合ったBGMをかけたいというだけでなく、音楽で客単価を上げたい、滞在時間を延ばしたい、購買点数を増やしたいといった多種多様な要望を持っていると思います。それら個別のニーズに対応することもできるのでしょうか。

亀割――それも可能になってきています。先ほどご紹介したような音空間デザインラボでの研究から得られた知見と、「USEN MUSIC」のシナジーを生み出す取り組みとして、2021年4月に実装した「AIチューニング」という新機能があります。今のところ「来店客の購買意欲を高める」「滞在時間を延ばす(もしくは、回転率を上げる)」「喫煙欲求の緩和」といった項目でAIによる選曲をチューニングすることが可能です。実際に「USEN MUSIC」を導入した店舗様からは、お店の混雑具合に合わせてBGMのテンポが調整されたことで、お店の雰囲気を壊さずに済んだ。そのおかげか平均客単価もアップし、効果を実感できた、という声もいただいています。

AIチューニングの設定画面

——「喫煙欲求の緩和」というのはユニークですね。今後も選べる「音の効果」の選択肢は増えていく予定でしょうか。

亀割――
はい。今はまだ店内BGMというと感覚的に利用することしかイメージできていない方も多いかと思いますが、音楽のテンポやジャンル、音量、あるいは周波数など、音を構成するそれらの要素が人間にどのように作用を及ぼすのか、行動心理学、脳科学など、さまざまな角度から研究を重ねていき、サービスとして具体化できそうなものはローンチしていきたいと考えています。

——今後、音による空間演出といった部分で取り組んでいきたいことはなんでしょうか。

山下――
BGMに限らず「音」そのものにこだわっていきたいと考えています。例えば店内アナウンス。コロナ禍以降は特にマスクの着用やソーシャルディスタンスの注意喚起が求められていますが、楽しく食事をしているお客様にそういったネガティブな内容をアナウンスしたくないというお店も多いです。しかし、注意喚起をする声が人気のある著名人のものだったらどうでしょうか。あるいは人に安心感をもたらすよう調整された声だったら、ネガティブな内容でも不快にならずに受け入れてもらえるかもしれません。

——いまはAIを活用した音声合成の技術も進んでいるので、伝えたいメッセージの内容に合わせてアナウンスの声色を変えるということもできそうですね。

山下――そうですね。また「声」に関して言えば店内放送に限らず、例えばデジタルサイネージから出る声、ロボットが発する声など、活用シーンもさまざまに考えられます。音による空間デザインをする中でつちかった経験や知見にもとづき、今後はさまざまな場面で音のポテンシャルを発揮していけるよう、幅広く「音」ソリューションを展開していければと思います。

アイトラッキング(視線計測)は、ユーザーが「いつ、どこで、何を見ていたか」がわかる技術です。現在もマーケティング調査や社員教育、モノづくりにおける技術継承など、幅広い分野で活用されています。今後さらにアイトラッキングが進化を遂げれば、そのすべてがアップデートされます。その未来では、「感動指数」をKPIにした、新たなプロモーションのカタチが生まれている可能性もありそうです。

山下 光儀
株式会社USEN 執行役員 コンテンツプロデュース統括部長

亀割 誉
株式会社USEN 企画開発本部 音楽配信事業推進部長

Written by: BAE編集部

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