2018-10-02

5Gが実現する次世代テクノロジー「テレイグジスタンス」とは?

アバターによって、「能力の瞬間移動」が可能になる未来
次世代通信「5G」によって、通信速度は高速化し、大容量のデータ通信が可能になります。それにより、既存のテクノロジー・ツールは進化し、さらに新しいサービスが誕生する可能性もあります。

「テレイグジスタンス」と呼ばれるテクノロジーもそのひとつです。人間の身体能力を遠隔地に伝送し、いま、そこにいないはずの場所に自分を存在させる。具体的には、遠く離れた場所にいるロボット(バーチャルヒューマン)をアバター(分身)として利用することで、あたかも自分がそこにいるような体験を可能にします。

では、そこにはどんな可能性があるのでしょうか? 今年、「EY Innovative Startup 2018」Robot・VR分野を受賞、「大学発ベンチャー表彰2018」で東京大学・慶應義塾大学とアーリエッジ賞を共同受賞した、ロボティクスならびに、テレイグジスタンスの研究開発で注目を集める、TELEXISTENCE(テレイグジスタンス)株式会社 COO 彦坂雄一郎さんにお話を聞きました。


身体能力の瞬間移動を可能にする次世代テクノロジー

TELEXISTENCE株式会社 COO 彦坂雄一郎さん/横に並ぶロボットは、同社が開発した、遠隔操作技術を用いたロボット「MODEL H」の量産型プロトタイプ

――まず、「テレイグジスタンス」とは、どんなテクノロジーか教えてください。


彦坂─一言で言うならば、「人間の身体能力の瞬間移動を可能にする技術」です。遠隔地にいるロボットが自分のアバター(分身)となり、まるで自分が現地にいるかのように、物を見たり、感じたり、動かしたりすることができます。

VRでも使用するヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着することで、360度の視野を実現します。また特殊なグローブによって、自分とアバターの手の動きを同期させ、物に触れた際の指先の“触感”も感じることができるようになっています。

テレイグジスタンスのイメージ

――自分のアバターであるロボットを遠隔地から動かせるなんて、まるでSF映画の世界のようなテクノロジーですが、その誕生のきっかけはいつになるのでしょうか?

彦坂─テレイグジスタンスは、1980年に東京大学名誉教授で弊社会長の舘暲(たち・すすむ)先生が考案したものです。私たちは世界を“目”で見ているようでいて、実際は“脳”で物事を見ています。ですから、脳内で世界を再構成するために必要なデータを与えることができれば、あたかも“自分で体験している”というような感覚、仮想現実での体験を作り出せると考えたんです。

つまり、VRの世界観を1980年の時点で思いついたわけです。いまでこそ、当たり前にVRは認知されていますが、当時からすれば、夢物語にも近い構想だったのではないでしょうか。ですが先生は諦めることなく、現在も研究を続けています。

――その舘先生の熱い想いを、受け継いだのがTELEXISTENCE社なのですね。

彦坂─そうですね。ただ、テレイグジスタンスの構想は、周辺技術なしには成立しません。5G(高速通信)というインフラも重要な要素のひとつです。また近年、市販のHMDなどの機器が登場したことで、開発コスト的にも“量産型のアバター”を製作できる条件が整ったと感じました。

加えて2016年には、舘先生が開発した、触感を伝えるロボットシステム「TELESAR V(テレサ ファイブ)」がアメリカで大きな評価を受け、さらに5Gの普及も目前に迫るなかで、「テレイグジスタンスを形にできる段階がきた」と感じ、会社を立ち上げることにしました。


「テレイグジスタンス」の現在地と課題


――「TELESAR V」をアップデートしたものが、量産を視野に入れた「MODEL H」だと思うのですが、どんな違いがあるのでしょうか?

彦坂─あらゆる面で変わっています。まず「TELESAR V」は有線で動くロボットでしたが、「MODEL H」は無線で動きます。無線になったことで“離れていてもつながる”「テレイグジスタンス」の実現が可能になりました。

さらに外付けだったパソコンもすべて内部に組み込むことに成功し、電源も家庭用電源で充電可能になっています。他にも、一般の方に使っていただくことを意識し、UI/UX、外装デザインの改善、大幅なコストダウン、量産に適した機構設計など、語り尽くせないほど改良を加え、大きく進化しています。

――5Gが普及すれば、通信速度も向上し、距離が離れていてもリアルタイムでアバター(ロボット)を動かすことができます。テレイグジスタンスの実現も、決して遠くないように感じます。もし実現すると、どんな分野での活用が考えられるのでしょうか?

彦坂─現状は医療、建設、観光、ショッピングでの利用を想定しています。

医療分野では、遠隔医療として、離れた場所でも正確な診察を実現できると考えています。「MODEL H」は指先の触覚で、圧力、振動、温度を感じることができます。映像の画質も向上していけば、遠隔医療の精度はさらに向上するはずです。また診察だけでなく、最近では手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」が日本の大学病院にも多数導入されていますが、テレイグジスタンスを用いた新たな手術支援ロボットが誕生すれば、遠隔地から手術を行うことも理論的には可能です。

建設分野では、危険地帯での作業をアバターによって行うことで、安全が確保されると考えています。これまでも重機を遠隔で操作するという発想はあったものの、やはり現場でしか感じられない振動や細かな触感など、本当の意味でリアルな環境を再現することができず、オペレーションを完璧にこなすことが難しいとされていました。テレイグジスタンスであれば、まさに“能力の瞬間移動”でそれらが実現できると期待しています。

観光ならば、アバターを通じての宇宙旅行も可能になると考えています。これは多くの人にとって、イメージしやすく、夢を感じられるストーリーだと思いますので、ぜひ実現したいところです。


彦坂─そしてショッピングならば、自分の代わりにアバターが百貨店に来店し、 商品を見て購入といったことが可能になります。

――観光やショッピングは、移動を伴います。その辺りの課題もありそうですね。

彦坂─はい。店舗を訪れたロボットが商品にぶつかったりしては大変ですから、どうやって安全性を担保していくかは課題のひとつです。

他にもHMDの視野角というのは110度程度なのですが、人間の目は200度くらいありますから、その差異をどう埋めるかも今後の課題です。

また、現状の画質は2Kですが、よりリアルな映像を求めるならば、4Kまたは8Kまで画質を向上させたいと考えています。人間の目は、シャッタースピードでたとえると、1秒間に30回シャッターを切っています。つまりリアルな映像を実現するためには、最低でも1秒に30枚の高解像度の画像をリアルタイムで転送する必要があり、その容量は非常に大きなものになります。

ただこの点は、5Gによって大容量通信が可能となれば、解決できると考えています。加えて、現在はどうしてもユーザーとアバターとの間にタイムラグが発生してしまうのですが、5Gによって、そのタイムラグの問題も解決できると思っています。

特に触覚は、視覚と一瞬でもズレが生じると非常に違和感を覚えます。それを払拭できることは、テレイグジスタンス実現において、非常に大きな前進と言えます。ちなみに現在の量産型「MODEL H」ですと、触感の再現度は感覚的に7割ほどです。開発費を掛ければその精度は向上しますが、その分高価になりビジネス利用しやすいロボットとは言えませんから、その点は苦心しているところです。

また、将来的に、アバターを通じて人とコミュニケーションを取ることを考えると、そのハードルも高いものです。なぜなら私たちは、言葉とボディランゲージ(表情、仕草など)を組み合わせて、人とコミュニケーションをしているからです。つまり、身体のすべての動きを再現できて、初めて本当のアバターとなりうるわけです。

ちなみに、ロボティクスの研究は世界的に進んでいますが、「テレイグジスタンス」に特化して、研究・開発している企業は世界的に見ても多くないですから、当社の現在地は、そのまま世界の現在地とお考えいただければと思います。


まずは観光、エンタメの分野からの浸透を予測


――現在も、完璧とは言えないまでも「テレイグジスタンス」は実現できているように感じます。現段階で、テレイグジスタンス活用の可能性を感じている分野はありますか?

彦坂─観光の分野ですね。現在auさんと協業 し、「瞬間移動の実証実験」という形で、アバターを使った旅行、さらにはショッピングのデモンストレーションを実施しています。ちなみに9月には、東京竹芝と小笠原諸島をテレイグジスタンスで結ぶ実証実験を一般の方に参加いただき、実施しました。

いずれはさきほどもお話しした、アバターによる宇宙体験も実現できたらと思っています。また個人的には、ゆくゆくは宇宙飛行士の代わりにアバターが宇宙を探査する。そんな時代がきてもおかしくないと思っています。

――現状「テレイグジスタンス」はまだ、一般的な技術ではないと思います。普及のためにどんなことが必要だと感じますか?

彦坂─VRもそうであったように、エンタメ領域で活用されることで、多くの方が「テレイグジスタンス」を知るきっかけになるのではないでしょうか。

そうやって身近な存在になることで、利用する方にとっての抵抗感もなくなりますし、徐々に新しいテクノロジーとして、広く認められていくと思っています。

――最後に。今後の展望を教えてください。

彦坂─テレイグジスタンスは、VRの究極形です。アバターを通じて、視覚や触覚などを再現することを目指していますが、現在はまだ多くの問題が手付かずの状況です。

そのすべてをクリアし、“完璧なテレイグジスタンス”が実現できれば、飛行機に乗ることなく、アバターを介して世界中を旅したり、安全に宇宙を旅行することも可能になります。他にもショッピングや仕事など、「アバターによる代替」が進めば、私たちの生活は大きく変化するはずです。

また、テレイグジスタンスは1対1ではなく、1対複数の操作も可能です。ひとりの動作を複数のアバターが同時に行うことで、製造業においては効率化を実現できる可能性もあります。

ただ、その実現のためには、“困難”しかありません(苦笑)。それでもなぜ挑戦を続けるかと言えば、そこに舘先生が見た夢、男のロマンがあるからです。個人的には、何があっても諦めたくないですし、必ず実現したいと思っています。

5G時代の新テクノロジー「テレイグジスタンス」。完璧な精度を実現するためには、まだまだ多くの課題があるものの、そこに秘められた可能性は無限大です。もし実現すれば、世界を変えるテクノロジーになるのではないでしょうか。今後の展開に、大いに期待が集まりそうです。
Written by: BAE編集部

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