2020-12-17

生活者を見つめるデザイン

スイッチするクリエーティブ 第1回 ヤマト株式会社
クライアントの事業課題の最適解を見いだし、社内外の人々の共感と行動変容を呼ぶアイデアとデザイン――『スイッチするクリエーティブ』を電通テックは掲げています。連載では成果をあげたプロジェクトを起点に、その価値に迫っていきます。第1回は、糊の老舗メーカー・ヤマト株式会社の事例です。1975年に発売されたアラビックヤマトは、いまや誰もが知る液状のりの代名詞。数々のロングセラー商品を生み出してきたヤマト株式会社が抱える課題を、クリエーティブの力でどのように突破することができたのか、長きにわたり愛される商品になるための秘訣を探っていきます。

【座談会メンバー】
○ヤマト株式会社 業務企画部 チーフマネージャー 関根雄二氏
○株式会社電通テック アートディレクター  岡田啓佑

モデレーター=株式会社電通テック クリエイティブディレクター 生亀寿昭

※2022年4月より電通テックから電通プロモーションプラスへ社名変更しました。

ヤマト株式会社は、1899年「ヤマト糊」の製造販売を開始して以来、着実に成長してきました。1960年ごろからは接着技術は生かしつつ、糊以外の商品開発・販売にも取り組んでいます。
今回取り上げる『テープノフセン』の原型「メモックロールテープ」は、付箋と接着テープ一体型の商品として1992年に発売され、現在もビジネスの現場を中心に愛用されています。『テープノフセン』は、「メモックロールテープ」のアイデアや機能はそのままに、生活者の思考や行動を発想の起点としたデザインの力で新たな販路と顧客層を開拓した商品です。その後、マグネットを仕込むことで使われることの多いキッチンなどでの使い勝手を向上させた『テープノクリップフセン』も開発し、2商品ともにグッドデザイン賞を受賞しました。
テープノフセン(左)、テープノクリップフセン(右)
座談会ではいかにしてヒット商品が生まれたのか、ヤマトと電通テックの協働の視点から語られました。


事業課題は「商品が持っている価値が正しく伝わっているか」

——『テープノフセン』が生まれた背景と、企画で意識したことを聞かせてください。

関根——リーマンショック以降、企業が社員に文具をふんだんに配ることが少なくなり、仕事で使う文具も自分で買う人が増えてきました。生活者は自分で買うなら、多少高くても好きなデザインやライフスタイルに合わせたものが欲しくなるもので、パーソナル文具市場が拡大しました。そうした潮流に合わせ、当社も大型雑貨店での販売にも力を入れ始めたのですが、それまでの主力商品はオフィスでまとめ買いするようなものが多かったので簡単ではありませんでした。

岡田——僕は商品企画、プロダクトとパッケージデザイン、ネーミングを担当しました。ヤマトさんからいただいた課題は、「メモックロールテープというテープ型付箋があり、機能的には優れた文房具でリピーターも多い商品だが、あまり世の中に浸透していない」というものでした。拝見すると確かに商品は良い。でも問題点があって、その一つはサイズが大きいということでした。ペンケースに入れにくいので携帯しづらい。15mm幅は3個セットで売られていた点も個人では買いにくい。パッケージも情報量が多すぎて、重要なことが目に入ってきません。

そこで1個売りで、商品をできるだけコンパクトにして、デザインはシンプルに、と提案しました。パッケージの情報はそぎ落として必要なものだけを残す。ネーミングはダイレクトに用途がわかったほうが、売り場で早く理解が進み、購買行動につながります。

メモックロールテープ

関根――メモックロールテープは社員の間では評判が良い商品でしたが、販売店からは「何に使うのかよくわからない」と言われていました。店頭での反応が良かったある販売店では、実際に商品を使っているイメージを写真POPで見せていたのですが、商品パッケージでそこまでの説明はできません。岡田さんからの提案は、付箋と言えば用途はわかる、つまりメモックロールテープから『テープノフセン』にネーミングを変えることで用途がわかりやすくなるというものでした。デザインもシンプルに訴求して目にとまれば、手に取っていただける可能性が広がります。また、既存商品はサイズが大きく不便でしたので、小さくするという点にも共感しました。

岡田――『テープノフセン』というネーミングが一番良かったんじゃないかなと思います。


生活者の行動を考えた結果、業界の通説と違うものに

——箱型で表から中身が見えないシンプルなパッケージには抵抗があったのでは?

関根——文具業界としては一般的ではないですね。中身が見えるからデザインや大きさがわかるという常識があるので、当社でも初めての試みでした。


——それが認められた経緯は?


関根——岡田さんから、他社商品と並べたときに埋もれないデザインが良いと聞いて、そうだなと。社内的には様々な意見が出たのは確かです。特にベテランの営業マンにはこれまでの常識と異なっていたので抵抗感がありましたね。ただ、この商品のターゲットを雑貨店で購入する層、例えば若い女性や学生と決めていましたので、ターゲット層の意見に集中しました。我々は文具業界の狭い考えの中にいるので。

岡田——ネーミングでわかるのに情報を二重で出す必要はないし、異質感を出すというのが絶対に大事だと思っていました。売り場でものすごく目立って手に取ってもらう。ネーミングで瞬間的に用途がわかって、裏を確かめると詳しく書いてあるという、生活者の一連の行動を考えた設計はできていたので、僕の中で不安はなかったです。

——関根さんには不安はなかったですか。

関根——
我々のデザインでうまくいっていなかったものに対して力を借りたわけで、不安はあまりなかったです。

岡田——今回、御社に信頼していただいて取り組んでいけたのが、僕にとっては一番大きかったです。協働に近い形で進められたことで、互いの良いところが出やすくなったと思います。


ロングセラーの秘訣は、生活者視点の掘り起こし

——今までにないチャレンジとなるような提案に対して柔軟にお応えいただきながらも、数々のロングセラー商品を開発・販売してきたというヤマトさんだからこその「こだわり」というのもあったのではないでしょうか。

関根——提案いただいたデザインを形にするときに、一方で使いやすさ、安全性、耐久性といった、メーカーとして必要な譲れない部分がありました。ユーザーの手に渡った後の使い方は人それぞれです。商品をポケットに入れて持ち運ぶ人もいるかもしれない。テープを引き出すときにテープの端を持って引き出す人、カッターのところから持ち上げる人、逆回転させてテープを浮き上がらせてカットする人もいるんです。ポケットの生地を破らないように、どんな使い方でも直感的にテープが切りやすい仕様にするこだわりがありました。長く商品を売り続け、使い続けていただくためには、ユーザーの安全性は最重要課題です。

——2017年1月に発売して以降、堅調に売れていると聞き、私たちとしてもホッとしているところですが、一方でメモックロールテープも販売に動きが出ているとか。

関根——なかなか当社の商品を置くことができなかった雑貨店でテープノフセンを販売できるようになったことで、それを買ったお客さんが当社のホームページを見てメモックロールテープの存在を知り、注目していただけました。中身が見えないという当初の批判も払拭できたと感じています。グッドデザイン賞をいただいて、さらに一段と売り上げが上がったのもうれしい副産物で、これまで取引がなかった店からも声がかかるようになりました。予想を超える反響でしたね。

出典:GOOD DESIGN AWARDホームページ

——グッドデザイン賞は初めての受賞だったのですか。


関根——初めてです。グッドデザイン・ロングライフデザイン賞という、長い間スタンダードとして売り続けているものを対象とした賞はいただいていますが。従来、企業に商品を納める問屋向けのシェアが多かったので、オフィスにあって問題がない無難なデザインをずっとやってきました。パーソナルなデザイン文具が流行りだしたことで風向きは変わっていましたが、金型をあらためて起こしてまで作るという試みはテープノフセンが初めてです。


機能と見た目の融合だけではたどり着けない、デザインの最適解

——以前伺ったことですが、ヤマトさんの方針として、長い期間ずっと売り続けていくことを前提とした商品開発をしているということが、たいへん興味深かったです

関根——そうですね。テープノフセンやテープノクリップフセンもシンプルな商品ですし、このまま10年以上売れ続ければ、グッドデザイン・ロングライフデザイン賞にもエントリーできるかもしれません。

——ここまでの話からネーミングやデザインを考えるうえで、生活者視点が重要だということですね。関根さんが考えるデザインとは何かについても聞かせてください。

関根——デザインと機能の融合、つまりどういう機能のためにこのデザインになっているのか説明ができることも含めてデザインだと考えています。メーカーの立場では、機能性を重視したデザインは使いやすく価値があるものです。私は前職でスポーツウエアメーカーにいたので、機能へのこだわりがより強いのかもしれません。スポーツウエアでは、縫製、切りこみ、ストレッチ素材の伸縮性等説明できる機能を融合させて仕上がったものがデザインという考えが根底にあったので、文具でも使いやすさにはこだわりたいと考えます。

岡田——商品には機能性、使いやすさ、生活者の安全や利便性という当たり前のことがありつつ、感覚的にワクワクするといった、生活者が自分のものにしたくなるという要素が大事だと思っています。パッケージについては、いかに早く気づいてもらい、理解してもらうかというスピード感。そのためには売り場で放つ異質性を重視して作りました。

——2020年7月に発売された、防災にも活用できる携帯粘着テープ「アウトドアテープ」も、岡田さんがネーミングからパッケージデザインまで手がけた商品です。こちらも、やはりわかりやすいネーミングと、キャッチーなパッケージになっていますね。

関根——以前、同じような携帯用の養生テープを販売していたのですが、アウトドアはもちろん昨今注目されている防災グッズとしても使えるのではないかという声に応え、再商品化を企画しました。プロダクトはほぼ出来上がった状態で、売り方について岡田さんに相談しました。

岡田——防災グッズとして売るか、アウトドアグッズとして売るか、という議論をヤマトさんとしたときに、アウトドア用品を防災用に利用することはあっても、その逆はないよねという話になったんです。そこでアウトドア向け商品として見せることで多くの人を取り込めるかもと思い「アウトドア」を軸にしました。ネーミングはコンセプトをわかりやすくそのまま落とし込み、パッケージデザインは「良い違和感」が出るように、アウトドア商品らしからぬチャーミングなイラストを使用しました。

——両者に通じる商品開発の極意のようなものはありますか。

岡田
——“良いデザイン”を生み出すためには、良いチームワークで、機能性、機能美、そして生活者心理にどう応えるかといった様々な要素の最適解を追求するということは当たり前の前提としてありますが、先ほどお伝えしたような商品をさらに魅力的に見せるための方法や、手に取ったときのワクワク感をどのように生み出すかといったことは、理屈ではないので、メソッドにしたり言語化が難しいところではありますね。そこはいっぱい手を動かして、アイデアを見つけていくしかないのだと思います。

関根——ディスカッションを重ねる中で、メーカーとして譲れないこと、機能や利便性の追求のような軸がより明確になっていったのを感じました。譲歩してもらえるところは譲歩していただきながら、相談にもすぐに反応が返ってくる――お互い目指す方向は同じでも日ごろ見ているものやスキルには違いがあるので、最良のシナジーが生まれたと思います。

岡田——信頼していただいて感謝しています。今日はありがとうございました。
関根雄二
ヤマト株式会社 業務企画部リテール商品企画室 チーフマネージャー
1998年ヤマト株式会社に商品開発担当として中途入社。文具及び2001年に展開を開始したホビー・クラフト商品の商品開発、営業企画、展示会運営などを担当。現在はスタッフが増え、ほぼ商品開発中心の業務となる。

岡田啓佑
株式会社電通テック アートディレクター
電通CDC局常駐を経て、dentsu lab tokyo に所属。
グラフィックを中心に、商品開発、ブランディング、webなど様々な分野で活動。
グッドデザイン賞、ヤングライオンズ日本代表、広告電通賞など多数受賞。

Written by: BAE編集部

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