2018-11-22

“観戦”を“体験”へと進化させる「スマートスタジアム」

体験価値を増幅させる「スタジアム×IoT」とは?
2020年に向け、VRを活用したスポーツ観戦など、「スポーツ×テクノロジー」の分野に注目が集まっています。昨年には、スタジアムをIoT化する「スマートスタジアム」が誕生し、ますますその可能性を広げています。

スタジアムをIoT化するメリットとは、どのようなものなのでしょうか?

スマートスタジアムのパイロットスタジアムである「カシマスタジアム」の運営会社・株式会社鹿島アントラーズFC 事業戦略担当 土倉幸司氏に、電通テック 2020アクティベーション室 長田一樹が、お話を聞きました。


ユーザーとの結びつきを強化する「スマートスタジアム」

左・株式会社鹿島アントラーズFC 事業戦略担当 土倉幸司氏/右・株式会社電通テック 2020アクティベーション室 長田一樹

長田――僕らがいま立っているカシマスタジアムは、「スマートスタジアム」のパイロットスタジアムだと聞いています。一見わからないですが、高密度のWi-Fi網が整備されているそうですね。

土倉――はい。スタジアムをIoT化するために、Wi-Fiのアクセスポイントを新たに約450カ所設置しました。スタジアムという場所は多い場合で3万人以上の人が集まりますから、ネット環境を整えないと、どうしても通信が遅くなってしまうので、まずは「インフラの整備」からスタートしたわけです。

長田――そうなんですね。とはいえ、450カ所ものアクセスポイントを設置することは決して容易なことではなかったと思います。それを決断できた理由のようなものはあるのですか?

土倉――投資対効果はもちろん検討し、それに見合うと判断しました。具体的には、Wi-Fi自体は無料ですが、利用にはJリーグID(Jリーグの観戦チケットやキャンペーンに参加できるID)が必要という設計にしました。これにより、Wi-Fi利用者のメールアドレスなども取得できるため、「スタジアムとサポーターを、より深く結びつける」ことができると考えました。

カシマスタジアムの無料Wi-Fiに接続すると「ANTLERS Wi-Fi PORTAL」というサイトに飛び、スタジアムならびに試合に関するさまざま情報を閲覧することができる

長田――確かに来場者のメールアドレスが取得できれば、観戦を終えたあともコミュニケーションすることができます。

土倉――はい。カシマスタジアムでWi-Fiを利用したユーザーには、試合終了後、自宅に着いただろうと思われるタイミングで、「来場のお礼メールと動画」を送付しています。

長田――それはうれしいですね。

土倉――初めてスタジアムに来場する方のいちばん多い動機は「友人に誘われたから」なんです。なかには遠方から訪れている方もいます。その1回で、どうやってサッカー観戦を好きになってもらうか。そのためのデジタルマーケティング強化と言っても過言ではありません。

長田――しかも通信環境が安定していれば、リッチなコンテンツも快適に閲覧できるでしょうし、コミュニケーションの幅も広がりますよね。

土倉――はい。「スマートスタジアム構想」は昨年からJリーグ全体で始まったものです。その背景には、2016年からJリーグの全試合を見られるインターネットストリーミングサービス『DAZN(ダ・ゾーン)』がスタートしたことも大きく影響しています。

長田――つまりスポーツ観戦と動画視聴をミックスすることで、より深い体験を生み出そうという試み、ということでしょうか?

土倉――まさにその通りです。当初はスタジアムで観戦しながら、スマホやタブレットでゴールシーンを振り返る、といった観戦スタイルを想定していました。


重要なのは、「スタジアムとデジタルの調和」


長田――“当初は”というのは、実際に始めてみると、ユーザーの行動が思い描いていたものと違ったからですか?

土倉――はい、想像通りとはいきませんでした(苦笑)。試合を見ていると、目の前で繰り広げられる展開に集中してしまい、スマホで同時に動画を閲覧するというのは、想像以上にハードルが高かったんです。

長田――発想はすごく面白いと思います。ですが、スタジアムに来る人は、「生の体験」を求めていて、動画のニーズは低かったということになりそうですね。

土倉――はい。スマートスタジアムとしてリスタートを切るタイミングで、さまざまな動画コンテンツを作成したのですが、どれも決して反応は芳しくありませんでした。まだまだコンテンツの内容やタイミングを含めた見せ方を含めて、工夫が必要だと考えています。

長田――とはいえ、失敗と同時に、成功した事例もありますよね? そこには共通点もあるのではないですか。

土倉――あります。キーワードは「スタジアムを訪れる体験価値の向上」と言えます。

長田――具体的にはどんな施策を実施されたんですか?

土倉――スタジアム内にある「SNS連動プリンター」は、サービス提供する試合は毎回、600人前後が利用する人気スポットになっています。特定のハッシュタグを付けてSNSに投稿すると、その写真をプリントできるというシンプルなサービスですが、「来場記念」として、非常に好評です。来場者は無料で写真をもらえますし、スタジアムはSNSで宣伝してもらえますから、Win-Winの施策と言えます。


長田
――僕も今日、スタジアムを訪れて、この解放的な空気に非常に感動しました。だから写真を撮って、投稿したくなるユーザーの気持ちはすごくよくわかります。

土倉――ありがとうございます。その感動をカタチとして持って帰ってもらえるということは、再び目にした瞬間に「思い出してもらえる」ということでもあります。

長田――単に宣伝だけでなく、リピート施策にもつながっているわけですね。他にもテクノロジーを活用した、ARやVRを使ったものもあるそうですね。

土倉――はい。カシマスタジアムには3階に「ウォーキングゾーン」があるのですが、これまで試合日には有効活用されておらず、デッドスペースになっていました。そこでARのポイントマーカーを設定し、スマホのアプリから読み込むと、バーチャルの選手たちと一緒に写真撮影ができるようにしました。こちらも毎試合、1000人前後の利用があります。


長田
――試合観戦に訪れている方にもさまざまな動機がありますよね。チームのファンはもちろん、特定の選手のファンもいる。その方たちのニーズに応えているんですね。

土倉――はい。さらにはそれをスタンプラリー形式にして、10選手分を集めると、選手からお礼がもらえるという施策も実施したところ、こちらも大変好評でした。

長田――VRはどのように使われたんですか?

土倉――定期的に、クラブOBかつ現クラブスタッフでもある中田浩二C.R.Oプロデュースの「ファンクラブ会員向けツアー」を開催しているんですが、その際に室内ウォーミングアップゾーンを訪れるんです。そこで専用キットをのぞくと、選手たちがウォーミングアップしているVR動画を見られるようにしました。

VRキットの装着イメージおよび、動画で見られるウォーミングアップスペースのイメージ

長田――リアルの場で、実際に行われている様子を見られるなんて、ファンからしたら垂涎ものでしょうね。

土倉――本来、関係者以外は絶対に見られない風景ですからね。それをバーチャルの動画とはいえ、実際のウォーミングアップスペースで見られるということで、とても喜ばれています。

長田――どれも「◯◯するだけ」というシンプルさも魅力のひとつなんでしょうね。SNS連動プリンターは「投稿するだけ」、AR施策は「読み込むだけ」、VRは「キットでのぞくだけ」。スタジアムを訪れた延長に、違和感なく、そこに自然と調和している印象を受けます。

土倉――そうですね。いかに“自然にデジタルを取り入れるか”が重要だと感じています。

長田――カシマスタジアムでは、試合観戦以外にもデジタルを通じたさまざまな体験があり、観戦後にはお礼動画まで届く。まさに至れり尽くせりですね。



テクノロジーは手段であって、目的ではない


土倉――その後も、メールマガジンを通じて、ユーザーとコミュニケーションを図っています。このメールの開封率が非常に高いのも特徴のひとつです。

長田――それもスタジアムで感動したからこそですよね。ちなみに、メールアドレス以外のユーザー情報も取得できるんですか?

土倉――JリーグIDの登録だけですと、メールアドレスだけですが、さらにチケットを購入すると、年齢や性別などの一部のユーザー情報も取得できます。

長田――ではスマートスタジアムを楽しんでいる中心層も把握できているわけですか?

土倉――はい。現状は20〜30代が中心です。そこは想定通りですね。ただし、2年間の取り組みの中で、徐々に幅広い年齢層にサービス利用が広がってきています。デジタルに起点を置いた理由というのも「10年後を見据えた」からです。まずは若い世代から親しんでもらえたらと思っています。

長田――最後に、スマートスタジアムが上手くいった理由について、どう分析されているか聞いてもいいですか?

土倉もちろんです。やはり当初は「テクノロジーありき」でコンテンツを考えていたため、ユーザーを置き去りにしていた部分がありました。しかし私たちは、スタジアムというリアルな場で施策を実施していたため、常にユーザーの生の反応を知ることができる環境にありました。そのため、すぐに軌道修正することができたんです。

長田――ユーザーの生の反応が都度確認できる、というのはスタジアムならではの強みですね。

土倉――はい。トライ&エラーを繰り返すなかで辿り着いた答えは、「いかに自然にスタジアムとテクノロジーを調和させ、体験価値を向上につなげるか」です。今後もさまざまなデジタル施策を実施し、スマートスタジアムを通じて、日本フットボール全体を盛り上げていけたらと思っています。

長田――私もあくまでテクノロジーは、課題解決に向けた取り組みやアクションを乗せる“土台”であり、“手段の一部”だと捉えています。スタジアムのIoT化(スマートスタジアム)もまた、「スタジアムに来場したお客様にまた来てもらうこと」を実現するための手段であり、施設の持つポテンシャルを最大化するものなんですね。大変勉強になりました。本日はありがとうございました。

長田 一樹
聞き手/株式会社電通テック 2020アクティベーション室 プランナー
国際的スポーツイベントに関わるマーケティング、コミュニケーション戦略立案をはじめ、スポーツコンテンツを活用したソリューションの企画開発を担当。 業種、領域問わず、さまざまなクライアントワークに従事。

Written by: BAE編集部

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