2020-04-30

食や教育分野のビジネスを拡張する「香りの言語化」

可視化によって生まれる、新たな「香り」の活用法
生活のどこにでもある、香り。その可能性に昨今、大きな注目が集まっています。世界規模で拡大する市場に、日本でもベンチャーだけでなく、大手企業も参入を始めています。

では、そのポテンシャル、活用法とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。香りの言語化システム「KAORIUM」で注目されるベンチャー、セントマティック株式会社 代表取締役・栗栖俊治さんにお話を聞きました。


香りは、人の感情と脳を活性化させる触媒

——セントマティック社は、香りの言語化をはじめ、香りの超感覚体験を生み出すプロフェッショナルたちが集まった会社です。そもそも、「香り」に注目した理由とは、なんだったのでしょうか?

私は大手通信会社を経て、起業しました。会社員時代は、コーポレートベンチャーキャピタル事業を担当しており、シリコンバレーに駐在。さまざまな最新テクノロジーに触れるなかで、ディスプレイの超高精細化やVRの進化、さらに5Gを通して視覚と聴覚へのアプローチは限りなく高い水準に達することを知りました。そして、もしまだ新たなイノベーションの可能性が残されているとすれば、それは「嗅覚」、香りの分野だという結論にたどり着きました。

事実、世界的に「香り市場」は拡大傾向にあり、2020年のグローバル市場規模は約5兆円、2025年には、約6兆円に到達する見込みです。また日本でも、香り市場の参入はベンチャーが中心でしたが、最近では今まで香りを扱っていなかった大手企業のSONYやNTTデータなど、日本を代表するメーカーも参入し始めています。

それはつまり、各社が「香り市場に眠る大きな可能性」をビジネスに活用したいと考えているからに、ほかなりません。


——「香りの可能性」とは、具体的にどのようなことでしょうか?

みなさんも、特定の香りを嗅いでリラックスした経験があると思います。なぜなら「香りには情動を動かす力がある」からです。このことは、科学的にもその効果が次々と立証されており、たとえば東京大学からも「意識して香りを嗅ぐことには、右脳、左脳が関与する」という発表もされています。

つまり、香りは人の感情、そして脳を活性化させることができる触媒であり、それによって、生活を豊かにできる可能性がそこにはあるのです。

セントマティック株式会社 代表取締役・栗栖俊治さん

香り市場は昔から存在していますが、欧米では19世紀にはじまった香水文化によって、早くから広く普及していました。一方で日本は、香水文化が浸透しきらず、その市場は足踏みしていましたが、昨今それが変化しつつあります。たとえば、柔軟剤のCMでは、「香りのよさ」をうたい、他者との差別化を図ろうとする演出が増えていますよね。最近では、ドラッグストアの柔軟剤コーナーには何十種類もの多様な香りの柔軟剤が並ぶようになっています。また、柔軟剤に限らず、ルームフレグランス商品も百貨店やドラッグストアなど、さまざまな販売店舗に並ぶようになったのもこの数年の大きな変化と捉えています。

しかし、このように何十種類もある柔軟剤やルームフレグランスの香りを比べて選ぼうとすると、1つに絞り込むのが難しいことが多々あります。なぜなら、香りの好き嫌いはなんとなくわかるものの、香りがもたらす抽象的な感覚と利用シーンを紐づけることはとても難しいからです。

香りは目には見えず、とてもあいまいな感覚を与えるものです。そのため、これまで「選ぶこと」が難しいとされていました。実際、多くの人は「自分の好きな香り」を説明することができません。そこで、もし香りを言語化(可視化)できれば、そこに新たな“香りの活用法”が生まれると考えました。そうして誕生したのが、AIを活用した香りと言葉の変換システム「KAORIUM」です。

AIが香りを言語化する「KAORIUM」

当社では「KAORIUM」のコンセプトモデルを制作し、まずは「香りの言語化体験」を多くの方に体感いただく活動をしています。コンセプトモデルでは、香りを選ぶと言葉が浮かび上がり、その言葉(要素)を持った、ほかの香りがレコメンドされます。最終的に、言葉から連想される「情景」が示されることで、ユーザーは自分が好きな香りの“正体”を知ることができる仕組みになっています。

コンセプトモデルでは、香りと言葉が結びつき、自分の好きな香りのイメージを情景として感じられる体験ができる


飲食、ショッピング、エンタメ、教育を拡張する「香り」

——香りを言葉にすることは、どのような効果を生むのでしょうか?

「絵画」と「マンガ」。どちらも絵がありますが、マンガには言葉(セリフ)がありますよね。言葉があることで、キャラクターたちの感情やストーリーがより鮮明になります。つまり言葉には、抽象を具体化する力があるといえるでしょう。

香りを言葉に変換することも同様の効果を生みます。「KAORIUM」は香りと言葉をつなぐことで新たな体験を生み出し、さまざまな事業を拡張させることが可能です。

——香りと言葉をつなぐことで、ビジネスにどのような拡張性が生まれるのでしょうか?
香りを社会実装する上で、相性がよい分野が4つあると考えています。それが「飲食」「ショッピング」「エンタメ」「教育」です。

まずは「飲食」。日本酒やワインは、香りも魅力のひとつです。その違いを言語化できれば、日本酒やワインの新たな楽しみ方、選び方がそこに生まれます。たとえば、ラベルやブドウの品種から選ぶのではなく、香りや風味から選ぶ。こうした新しい体験の提供は、店舗にとっても付加価値になりますし、顧客にとっても、喜ばしいものとなるでしょう。

昨今、外食業界は若者の“酒離れ”もあって、苦戦を強いられています。そのなかで、いかに他社と差別化するかが重要になっています。おいしいのは、もはや当たり前の時代です。だからこそ、他社にはない体験が必要なのです。

すでに当社は酒ソムリエの赤星慶太さんとパートナーシップを組み、この領域では事業展開を始めています。香りが飲食をアップデートする。その体験を多くの方にしてもらえるとうれしいですね。


次に「ショッピング」。こちらは、チョコレート専門店のダンデライオン・チョコレート・ジャパン社とパートナーシップを組み、事業展開していく予定です。同社が香りに着目した理由は、チョコレートも香りや風味が重要な要素であるものの、香りや風味は抽象的なものですから、お客さまが“選びづらい”という課題がありました。

そこで香りを言語化することで、商品を選びやすく、また違った角度から興味を持ってもらうことを狙っています。


さらに「エンタメ」。これは一種の連想ゲームです。香りと有名人を、言葉(イメージ)で結びつけることで、好きな香りから、その香りの持つ言葉と同じイメージを持つ有名人を知ることが可能です。こうした遊びは、ほかにも考えられそうですよね。またアーティストやクリエイター、コンテンツ事業者とのコラボも視野に入れています。

そして最後が「教育」です。この分野は、すでに実証実験もされており、香りと教育の親和性の高さは、愛知教育大学 理事 副学長・野田敦敬教授も太鼓判を押してくれています。

小学生を対象に、実際に嗅いだ香りから「浮かんだイメージを詩や物語にする」というオンライン講座を実施したところ、香りが脳を活性化する特性が発揮されたと思われる、大人が驚くような表現豊かな詩や物語が生まれました。このような感性の高まりにつながる体験に同教授は「小学校の生活科学習で重視される、“見つける”“比べる”“例える”という活動に、この体験はぴったりだ」と評していただいております。。

香りによって、右脳と左脳が刺激され、感性が呼び覚まされると考えられる。これを教育分野に応用すべく、セントマティック社は事業化を進めている

香りが感性を刺激して、表現力が育まれる。この事例を全国に事業展開できたらと思っています。AIがさらに発展し、実装されるこれからのビジネスシーンにおいて「創造性」は不可欠です。最近ではそうした流れもあって、「ビジネスマンでアートを学ぶ人が増えている」ともいいますし、感性が重視される時代が訪れています。そのなかでこのプログラムは非常に時代にマッチしたものだと感じています。

香りのイノベーションは、世界に広がる

——香りの言語化は、新たなカタチを創造するポテンシャルがあるのですね。

はい。18世紀頃から「香り(嗅覚)」に対して、さまざまな研究者や哲学者、そしてマーケットが注目してきました。少しずつ当時の最新技術と融合したマーケティングスタイルが生み出されてきましたが、この数十年、この分野における大きな変革は起きていません。ですから、香りを言語化することを実現する「KAORIUM」は、その歴史において一種の“イノベーションになりえる”と考えています。

特に「香りと言葉」を結びつけるという取り組みは、世界でも当社だけが開発を進めている分野です。昨年、オランダで開催された国際カンファレンス(Art & Olfaction)にて「KAORIUM」を発表した際も、その新しさに、数多くの欧米のプロフェッショナルたちから大きな拍手と賞賛をいただきました。その反響の大きさに、「テクノロジー×香り」をテーマとしたサービスが増えている昨今ですが、新たな“香りの可能性”を世界に提示できたという実感が湧きました。

視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚──人間の五感とテクノロジーを組み合わされることで、その体験価値は向上し、新たなサービスが生まれています。今後、「KAORIUM」をはじめ、香り市場(嗅覚の分野)にはさらなるイノベーションが起こるはずです。なぜなら世界が、香りの新たな活用法を求めているからです。

これまで長きにわたり、イノベーションの起きていなかった「香り」の分野に、さまざまな企業が参入したことで、香りを取り巻くテクノロジーは一気に変革する可能性がありそうです。香りは感情と脳に作用する。その特性はマーケティング領域においても、大いに活用できるものではないでしょうか。
Written by: BAE編集部

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