2023-06-01

「顧客行動を変えないとDXとは言えない」リテールDXに必要な3つの要素

「Amazon Go」以降のリテールテックの現状と課題
コロナ禍以降、小売・流通業界ではリテールDXが加速度的に進みました。生活者の視点から見ても、身の回りでキャッシュレス決済、セルフレジ、モバイルオーダーなどのテクノロジーに触れる機会が増え、お買い物体験の変化を肌で感じるところです。

一方、リテールテック先進国のアメリカからは、Amazonのレジなしコンビニエンスストア「Amazon Go」の一部店舗が閉店するなど、苦境を伝える報も届いています。ここ数年で見えてきたリテールテックの課題とは何か、リテールDXを推進する上で念頭におくべきポイントとは。スーパーマーケット/ディスカウントストア「トライアル」のグループ会社として、同社のリテールDXを推進するRetail AI社 代表取締役CEO 永田洋幸さんに電通プロモーションプラス 本間立平が、お話を伺いました。

【対談メンバー】
〇株式会社Retail AI 代表取締役 CEO 永田 洋幸
〇株式会社電通プロモーションプラス 本間 立平


買い物客が求めている3つのベネフィット

本間――トライアルさんといえば、リテールテックの代名詞的存在でもあり、僕もいろいろと勉強させていただいているのですが、永田さんの目から見て、コロナ禍以降、リテールテックを取り巻く状況がどのように変化してきたか、まず、ここ2〜3年の流れについて感じているところを、お聞かせいただけますか?

永田――小売・流通さんの意識の変化が一番大きいですよね。コロナ禍前は、リテールDXというものが、いつか入れなきゃねという「will be」感がすごかったんですけど、商談一つにしても、以前は対面で話してなんぼという世界だったのが、いまはZoomで会議が当たり前になっている。

働き方も、お客様の買い物の仕方も、リテールテックを導入して変えないといけないよね、という温度感になってきた。そういう意味では、私たちにとっても追い風の機会になったのかもしれません。

本間――まさに、そうですね。一方で、リテールテック界隈のここ最近の大きなトピックとして、アメリカのレジなし店舗Amazon Goの一部店舗が閉店というニュースにも触れておきたいのですが、どのようにお考えですか?

永田――Amazon Goに関しては、僕自身もシアトルまで飛んで、オープン初日に見に行っていますし、カメラソリューションも、会計のシステムも、本当に素晴らしいテクノロジーだとは思うのですが、結局は閉店しているというのが現実。

何が言いたいかというと、いくら最新のテクノロジーを導入しても、お客様にとってベネフィットの感じられるものでなければ、そもそも使ってすらもらえないということですよね。

本間――例えば駅ナカのコンビニエンスストアで導入が進んでいるセルフレジも、あまり利用されていないイメージがありますね。セルフレジで決済をすると何%オフみたいなキャンペーンのある時はさすがに利用する人は増えるのですが、結局は有人レジの方がめんどくさくないから、そちらを使ってしまう。

そういう光景を目の当たりにすると、リテールテックもお客様から厳しく判定されているんだなと感じます。


永田――セルフレジや無人店舗にしても、ただ無人というだけなら普通の自動販売機と変わらないわけで、何かしらの形でお客様にベネフィットを還元していなければ使っていただけない。

では、そのベネフィットは何なのかというと、僕は商品の良さか、手軽さか、安さか、この3つに絞られるのではないかと思っています。例えば、普通のお店で、80円で売っているジュースが、Amazon Goだと一本4ドルだったら、どちらで買いますかという話ですよね。

本間――安い方がいいですよね。

永田――そうなんです。ですから、テクノロジー導入で最も大事なのは、顧客行動が変わったか、変わっていないかということで、変わっていないのに「DXしました」というのは、ちょっと違うんじゃないかと思います。

本間――そうですね。いまや「DX」という言葉が流行語になっていますけど、購買行動が変わり、お客様の買い物が便利にならないと意味ないよね、という話は、本当に頷けます。


仕組みを変えることで、お買い物体験は向上する

永田――僕がスーパーで買い物をしていていまだに気になるのが、荷物の出し入れが何回も発生することです。まずお店を歩きながらカゴに商品を入れていく、次にレジで店員さんがスキャンをしながら綺麗に並べ替えてくれる、最後に買い物袋に自分で商品を詰め直す。

トライアルでは、スマートショッピングカートで商品をスキャンしながらエコバッグやマイカゴに商品を入れて、そのままレジ待ちなしでゴースルーして、最後にバッグやカゴごとヨイショって車に載せれば、お買い物が終わり。トライアルのお客様の平均買上点数は15近くにもなりますので、詰め直しの回数が減ることでも、お買い物時間をかなり短縮できます。

トライアルのスマートショッピングカート。商品を買い物カゴに入れる時点でバーコードの読み取りをする。そのまま専用ゲートを通過すれば、レジ待ちなしで決済が完了

本間――レジのタイミングを最後ではなく、前に持ってくることで、商品の詰め直しや、レジ待ちなどの無駄をなくしているということですよね。

実は僕もちょっとした工夫で、レジ待ちなど、店内でのイライラをすんなり解消できることはあると思っていて。例えばコンビニエンスストアのレシートってこれまで店員さんの側に出力されて、お釣りと一緒に渡されるという仕組みだったじゃないですか。「レシート要りますか」「要りません」というやりとりが、すごいストレスだなと感じていました。

ところがコロナがきっかけだったと思うんですけど、レシートがお客様の側に出てくるようになったんですよね。「レシート要りますか」の会話も発生しないし、受け取らなければそのままゴミ箱に落ちるので、これは素晴らしいなと。それだけでもお買い物のストレスが一つリリースされるというか。

永田――多くのお客様にとって、スーパーにいる時間は、義務の時間なんですよね。お買い物しに行きたくて、スーパーに行く人って何気に少ないんですよ。

私たちが目指しているのも「オペレーションドリブン」※1によって、お客様の体験を変えること。いかにお買い物時間を短くして、すぐにお店から出られるようにするか、ということに取り組んでいます。

※1 現場での実務を基点として、機器やサービスを設計・運用したり、意思決定を行う業務プロセスのあり方。

本間――実際に、お買い物時間は短縮できていますか。

永田――スマートショッピングカートの導入によって、お客様の店舗滞在時間は間違いなく短縮されていますし、駐車場の回転率も上がっています。それによって、既存店の売り上げも約110%近くに伸びていますね。


本間――セルフレジを運用する上で、何か課題はありますか。

永田――やはり、スキャン忘れや万引きによるロスをいかに防ぐかということは、スマートショッピングカートの永遠の課題だとは思っています。詳しい仕組みは言えないのですが、対策として、スキャンしていない商品をカートのカゴに入れるとお知らせが表示される技術を取り入れています。

本間――データ活用にはどのように取り組まれていますか?

永田――我々は、顧客データというのはBtoCではなくBtoBtoCなんだと常々お話しさせていただいております。結局、私たちが持っている顧客データを一番求めているのはメーカー様なんですよね。

トライアルでは、専用のプリペイドカードがありまして、その決済情報から、どこの、誰が、何を、いつ買ったかという情報、いわゆるID-POSデータを取得できます。メーカー様は、私たちが提供するID-POSデータを通じて、どの商品がどれくらいの頻度で購入されているのか、どのような商品と一緒に売れているのかといった、貴重な情報を得ることが可能です。


DX時代に見えてくる、「人」の価値

本間――国内・国外を問わず、永田さんが注目されているリテールテックの事例はありますか?

永田――Amazon Goの件であったり、アメリカは動きが早いというか、やはりリテールテックの先進国であると感じますね。特にアメリカはすごいなと思うのが、店舗の在庫がアプリと連動しているという点です。事前にアプリで在庫確認ができれば、わざわざそのお店に出かける価値も出てくるわけですし、今後、リアル店舗に再びお客様を呼び込んでいく上でも、求められるソリューションになるのではないかと思います。

本間――その通りですね。アメリカといえば、僕も気になる話が一つあります。リテールDXにより店舗のデジタル化が進んでいくと、お店の中から人が少なくなって、人と人との接触も必然的になくなっていきますよね。一方でアメリカでは、ドラッグストアなんかに行くと、お客様と喋るだけが仕事の「挨拶係」みたいな人がいるそうなんです。

といったように、デジタル化による人間離れとは逆に、体温が感じられるお客様との関係性を重視する動きも出てきていると思うのですが、その辺り、永田さんはどのようにお考えなのか、お聞かせいただけますか?

永田――とても面白い質問だと思います。やはり、顧客満足度を上げるためには「人」が間違いなく重要だよねっていうのは、既に言われていることですし、補充作業などいくらロボティクス化が進んでも、グルーミング係と言いますか、かゆいところまで手が届くサービスというのは、やはりリアルの人にしかできないわけですので、人の必要性は常にあると我々は思っています。

ただ、そうは言っても流通業界はなかなか雇用が難しいという現状もありますし、顧客満足度向上のためのコストをどこにのせるべきか、という点も大きな課題となります。そういう意味では、リテールDXを通じて経費を下げながら、生産性を上げていくという取り組みは、顧客満足度向上にも関係してくることなんですよね。私たちも、レジの人件費が浮いた分、サジェスチョンセールスにお金を費やさなきゃいけないよねということは考えています。

本間――ありがとうございます。最後に、トライアルさん、Retail AI社さんとして、今後リテール業界で取り組んでいきたいことはありますか。

永田――2024年問題やフードロスなど、流通業界全体の課題解決、そして少子高齢化など、社会全体の課題解決に向き合っていきたいと考えています。都会の人にはなかなかイメージしづらいかもしれませんが、人手不足と高齢化が進む田舎では、買い物体験を支えること自体が、そのまま地方創生に繋がっていくわけです。これらの問題は一社だけで解決できるものでもないので、さまざまな企業さんとも連携しながら、「店舗」テクノロジーを通じて社会課題を解決していければと思います。

リテールテックの重要な指標となるのは「顧客行動が変わったか、否か」というポイント。テクノロジーはあくまで手段であって、実はいたずらに高度なテクノロジーを導入せずとも、お買い物の中で発生するちょっとした無駄を省くだけでも解決できる点が、まだまだたくさんあるのかもしれません。顧客行動、顧客体験という本質を見据えることが、リテールDX成功のカギと言えるでしょう。

永田 洋幸
株式会社 Retail AI 代表取締役 CEO
米コロラド州立大学を経て、2011年米シリコンバレーにてビッグデータ分析会社の立ち上げに従事。2015年よりベンチャー投資事業に従事し、シード投資や経営支援を実施。2018年より現職。国立大学法人九州大学工学部非常勤講師。

本間 立平
株式会社電通プロモーションプラス リテールビジネス開発事業部
売り手と買い手の双方の視点から「買いたい空気」を導き出すショッパーマーケティングと、心理学や行動経済学をベースにした「買わせるメソッド」で売り上げアップに取り組む。著書に『電通さん、タイヤ売りたいので雪降らせてよ。』(大和書房)、『武器になる雑談力』(きずな出版)がある。

Written by: BAE編集部

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