2023-03-22

時代は価格から価値へ。マーケティングマスター小阪裕司が語る「物価上昇時代」

価格に「意味」と「価値」を求める生活者たち
昨今、毎月のように目にする「物価上昇」のニュース。それもそのはず。帝国データバンクが発表したデータによれば、2023年1月から4月までの値上げ品目数は累計1万4451品目にも上ります。

さまざまな物価の上昇は、生活者はもちろん、ビジネスにも大きな影響を与えています。たとえば電気代をはじめとするエネルギー価格の上昇は、製造業や小売業にとっては利益の圧迫につながりますし、店舗によっては事業継続も危ぶまれるほど追い詰められているケースもあるようです。

そのなかで生活者は、これまで以上に「価格」に敏感になっています。しかしオラクルひと・しくみ研究所代表の小阪裕司さんは、「重要なのは価格より価値である」と言います。長年にわたって「感性と行動の科学」をもとにビジネス理論と実践手法を研究・開発してきた小阪さんに、「物価上昇時代における、価格と価値の関係性」について、聞きました。


コロナが収束し、戦争が終結しても、物価上昇は続く


──2022年頃から、さまざまな物価の上昇が続いています。これは一時的なものなのでしょうか。

私は、そうは思いません。

2020年から続くコロナ禍、そして2022年2月から始まったロシアのウクライナ侵攻など、日本だけでなく、世界はいま、激動の時代の最中にいます。だからこそ、ここを抜ければ状況は変わる、「物価の上昇は一時的なものである」と考えている方も多いようです。

たしかに、半導体不足はコロナ禍による影響もありますし、エネルギー価格の上昇はロシアのウクライナ侵攻の影響によるところが大きい。しかしそれとは別に、日本の「購買力低下」という問題があることを忘れてはなりません

昨今、円安が加速していますよね。数年前まで1ドル110円だったものが、2023年3月2日時点で136円です。これはそのまま、輸入品の価格が約2割上昇したことを意味しており、円による購買力が約2割下がったことを表しています。根幹にあるこの問題が解決しない限り、物価高は止まらないのです。

つまり、コロナが収束し、戦争が終結しても、日本の「購買力」が回復しない限り、私たちは、物価上昇時代を歩み続けることになるでしょう。

──「物価上昇時代」の昨今、購買行動にも変化は表れているのでしょうか。

はい。コロナ禍に突入して以来、誰もが大なり小なり、先行きに不安を感じています。そこに戦争まで加わったことで、不安はより大きくなっています。

いまの日本は、景気が停滞しているのに物価が上昇する「スタグフレーション」の状態にあります。当然、何を買い、何を買わないかを、生活者は選別する意識が高くなっています

これを私は「選別消費」と呼んでいます。コロナ禍以降、必要なもの、納得できるものを買いたいという思考は、年々高まっている印象を受けています。

しかしこれは、原点回帰とも言えます。本来、私たちはモノやサービスの「価格」を買っているわけではなく、その「価値」を買っています。行動原理という観点から見れば、決して新しい潮流ではなく、これまでずっとあった購買行動がより顕在化したと、表現する方が正しいでしょう。


加速する、意味のあるものにお金を使う「意味合い消費」


──人によって、何に「価値」を見いだすかは違いますし、購入基準も異なります。そのなかで、共通点のようなものはあるのでしょうか。

重要なことは、「生活者は2つの顔を持っている」ということです。

たとえば、日々1円でも安い食材を探して購入しているAさんが、一方で趣味のクラフトには進んで高額の材料を使っていたり、韓流の「推し活」には惜しみなくお金を使っていたりする。これが現在の生活者像です。

私は、後者の購買行動を「意味合い消費」と呼んでいます。これは、自分にとって意味のあるものにお金を使う消費を指します。

前述の通り、現代は「スタグフレーション」の状態にあり、使えるお金の総額は変わっていないのに、物価だけが上昇している状態です。そのなかで、限られた予算をどう配分するか。せっかくなら、自分にとって意味のあるものにお金を使いたいという「意味合い消費」は拡大傾向にあります。

ですから1円でも安い食材を探すことは、実は「節約」ではなく、「予算配分」。自分にとって意味のあるものに消費する「意味合い消費」のために、生活必需品を切り詰めるという方もいるのが現代なのです。

もう少し補足をすると、昔はそもそも「モノ」がない時代でした。戦後まもなくは食べ物すらなく、冷蔵庫も洗濯機もエアコンもない。だからみんながモノを求めた。しかしいまや、どれも特別なものではなくなりました。

ひと昔前までは、そうした生活必需品を求める消費の時代でした。しかし経済が豊かになり、「成熟消費社会」になったことで、私たちはモノよりも意味、心の豊かさを求めるようになったわけです。それこそが「意味合い消費」の正体とも言えそうです。

──「意味合い消費」の一種である「推し活」は、心の豊かさという視点で捉えると、心のつながりに寄与している側面もありそうですね。

「推し活」を通じて、人との新たなつながりが生まれていることもあるでしょうし、それもひとつの価値になっているように思います。

いまと昔を比較すると、いまは人間関係が希薄になっていますよね。昔なら、商店街に馴染みの店があって、「あなたのために仕入れたよ」なんて会話が普通にありましたが、いまはありません。

現代は、特定の誰かとして自分が扱われる機会というのが、非常に少ない。しかし人は、人とのつながりが薄れると、心が冷え込んでしまう。そのなかで「推し活」を通じて、SNS上であれ、リアルであれ、誰かと共通の話題で盛り上がれたり、つながったりできることは、非常に大きな意味を持ちます。

ですから「意味合い消費」拡大の背景には、心を温めたいという潜在的なニーズも少なからず影響していると、私は見ています。


価値を伝え、「買いたい」のハードルを越えることが重要


──昨今、生活者のモノを見る目が厳しくなるなかで、企業はどのような点に注意していくことが大切だとお考えでしょうか。

現代は、消費に意味を求める時代です。企業はモノ・サービスを訴求する際に、「価値」をしっかりと生活者に届けることが重要です

しかし日本の企業は、昔から企業規模を問わず、情報発信が上手ではないといわれています。その背景には、手前味噌な発信は恥ずかしいという意識が、日本人の心にあることもあるでしょう。

たとえば、こんな事例があります。とあるスーパーで入荷したクッキーが“デパ地下レベル”のおいしさなのに、300円と安価だった。当たり前ですが、このコストパフォーマンスのよさは、食べてみなければわかりませんが、それでは食べてもらう前には売れません。そこで売り場に「おいしさデパ地下レベル!」と大きく書いたPOPを出したところ、途端に大人気商品となりました。

つまり、価値を伝えなければ、人は動かないわけです。一方で、私はマーケティングを教えている立場として、「安くないと売れない」と嘆く方に出会うことがよくあります。しかし往々にして、価値を伝えられていないことが原因であることが多いのです。

私は「価格よりも価値を語ること」が重要であり、実は「買える/買えない」のハードルはあまり高くないと考えています。それよりも越えるべきは、「買いたい/買いたくない」のハードルです。

価値を伝えることは「買いたい」に作用するものであり、購買行動における決め手となる部分なのです。

──「価値」を伝えることが生活者の背中を押すのですね。では、「最適な価格」とは、何によって決めるべきなのでしょうか

「価格は価値に従う」ものです。ですから、価格を検討する際は、「価値」を考えることが重要です。

それを「価値の公式」に当てはめてみると、価値とは、コストパフォーマンスの高さと言い換えることもできます。

小阪さんが重要視する「価値の公式」

ここで注意しなければいけないのは、この「パフォーマンス」には、機能や効果・効能といったものの他に、感性的なもの、たとえば、推しのグッズである、地球環境に優しいといった付加価値的な要素も含まれることです。

そのモノを購入することが、自分にとって意味(価値)があるのであれば、価格が高かったとしても、生活者は購入します。「価値の公式」を正しく活用し、生活者が納得できる価値、そして価格を設定することが大切です。

当然、パフォーマンスが同じならば、価格勝負となり、安いモノが選ばれるでしょう。しかし付加価値、こだわり、モノづくりへの真摯な思いへの共感など、感性的な部分によってパフォーマンスを向上できれば、価格は問題ではなくなるのです。


今後重視すべきは、手間も暇もコストもかかるコミュニケーションへの投資


──生活者のライフスタイルが多様化し、情報を届けるハードルは以前よりも上がっています。「価値」を生み出しても、「伝える難しさ」に直面する企業も多いのではないでしょうか。

そうですね。たとえば「おいしい」を伝えたいときに、何をどう伝えれば、その価値を正しく届けることができるのか。まさにマーケティング的な視点が求められることになります。そのためには、メーカーの商品担当者自身がコピーライター的な役割を担い、価値の語り部になる必要があります

しかし食品をはじめとした小売業界においては、「作る」のは自社でも、「売る」のは他社というケースも多いはずです。そのなかで、「価値を伝える」ことは至難の業です。

広告や店頭販促など、コミュニケーションは手間も暇も、そしてコストもかかります。しかしそこに投資しなければ、つながりを生み出すことはできません。

視点を変えれば、そのコミュニケーションさえも、価値になります。たとえば、とある企業は、顧客に製品を郵送する際、必ず手書きのメッセージを付けており、それが非常に好評だと言います。こうして育んだ絆は、LTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)につながり、自社の発展にも寄与します。

「価値」あるモノを生み出し、顧客に「届ける」。そして、その後も「つながり続ける」。マーケティングにおける当たり前が、いま、あらためて重要になっているように私は思います。

物価上昇時代の現代、生活者はこれまで以上にモノを選別し、意味を求めて消費する傾向にあります。一方で、機能だけでなく、さまざまな価値に、生活者は敏感に反応しています。それは企業にとってのパーパス、存在意義さえも問われる時代に突入したと見ることもできるでしょう。

しかし、存在意義のない会社などありません。自社の事業に誇りを持ち、生活者に正しく「価値」を届けることで、激動の時代を乗り越え、持続可能な未来を切り拓くことができると、私は考えています。

オラクルひと・しくみ研究所代表 小阪裕司さん
物価上昇が続く現代。生活者は「いつまで続くのか」と、終わりの見えない不安に襲われています。そのなかで拡大する「意味合い消費」における“意味”とは、「購入動機」と捉えることもできます。そして、その動機となるのが「価値」です。製品の機能性、独自性、ブランドのファンであるといった感性的な部分まで、その価値をいかに創出し、生活者に届けることができるか。本質と向き合うことがより重視されます。アフターコロナ時代のマーケティングは、「伝える」「つながる」といった原点に、回帰していくのかもしれません。

Written by: BAE編集部

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