2021-09-14

魅力的な体験を支え、情報や文化を伝える「ピクトグラム」の進化と可能性

注目を集め、知的関心へのきっかけを生むポテンシャル
SNS等で大きな話題となっている「ピクトグラム」。案内用の図記号としてだけではなく、より多くの意味や価値を伝えるツールとして期待され、進化しつつあります。
オンスクリーン上での活用も増える中、ピクトグラムの可能性はどう広がっていくのでしょうか。日本観光の魅力的な体験を支える、新機軸のピクトグラム「EXPERIENCE JAPAN PICTOGRAMS(エクスペリエンス ジャパン ピクトグラム)」を発表した、LA在住の日本デザインセンターの大黒大悟さんに、電通テックの隈部 浩と山田杏里がリモートでお話を伺いました。

下段中央/日本デザインセンター 大黒大悟さん
上段右/株式会社電通テック 隈部 浩
上段左/株式会社電通テック 山田杏里

※2022年4月より電通テックから電通プロモーションプラスへ社名変更しました。


ピクトグラムが機能するには前提条件がある

大黒――2018年から拠点をロサンゼルスに移して、グラフィックデザインから展覧会のディレクション、アートインスタレーションの制作などを行なっています。
アメリカに来て意外だったのが、街中や公共施設で、ピクトグラムは日本ほど活用されていないということでした。

日本と違って、アメリカには様々な人種や国籍の人が暮らしていて、背景や文化に違いがあり、共通の要素が意外と少ない、といったことが影響していると思います。
実はピクトは万能ではなく、活用する前提として、その図形が示す意味を多くの人が理解していないと、機能しにくいのです。当社代表の原(※)の言葉を借りると、ピクトグラムは「意味の短縮ダイヤル」であり、ピクトの示す意味をまずは理解する必要があると言っています。

※日本デザインセンター代表取締役の原 研哉氏

隈部――それは意外ですね。「ピクトがあることで言語の壁を越えられる」と思っていました。国際的な施設やイベントでも、ピクトを通じて効果的に案内や注意などを伝えられるのではないかと。育った文化などによって見え方や解釈が変わり、ピクトが機能しないというのは発見でした。

大黒――僕も意外でしたが、アメリカの看板には注意書きが長々と書かれていることが多くあります。特に訴訟大国でもあるアメリカの場合は、具体的に確実にメッセージを伝えることをより重視しているのかもしれません。

国内でのピクトグラムの活用が増えているというのは、日本人が昔からデザイン的な造形力に優れていて、デザインの質やディテールの作り込みに関してもレベルが高いことが理由でしょう。施設や企業単位で統一したデザインを制作するのも得意です。 見る側も、マークやピクトから情報を受け取るリテラシーが高く場所に浸透しやすいこと、絵文字やアニメーションに慣れ親しんでいて、直感的な理解に通じやすいことなども影響していると思います。

ピクトグラムは日常生活で誰もが目にするインフラだと考えています。街中でも施設でも、ピクトグラムを含めたデザインの質が高ければ、そこで得られる体験の質も向上します。「EXPERIENCE JAPAN PICTOGRAMS(以下、EJP)」を制作した理由にも、質の高いピクトを介して「日本での観光体験をより良いものにしてほしい」という願いがありました。

日本観光を楽しむ人々が目にするモチーフをピクトグラム化。利用規約の範囲内であれば、個人・法人、商用・非商用問わず、無償で利用できる。2021年2月リリース

コンセプトが整理されたメモ。日本観光を支えるピクトであること、日本ストーリーを楽しく知る装置であること、どんな媒体でも使えること、などのポイントが書かれている

大黒――僕は、アメリカの国立公園のピクトグラムがすごく好きで。マッシモ・ヴィネリという著名なグラフィックデザイナーが、1970年代にnational park全体のパブリケーション・デザインを整理した際に制作したもので、キャンプや遊泳のマナー、野生動物への接し方など、ここでの体験が楽しく便利になるようにデザインされています。国立公園という公共の場所で、訪れる人に共通する「体験」を、支えているなと思うんです。

しかも、このピクトグラムを見ると、ちょっと気持ちが高揚したり、安全な場所だと感じられたり。機能性と審美性がマッチしていて、「デザインの質=体験の質」だと実感できます。そして、このピクトグラムやデザインシステムがナショナルパークのレンジャーや働く人々の誇りや愛着につながっていることが、実はとても重要なことなのです。


関心や興味のフックになり、文化を学ぶ入り口になる

隈部――自分がロゴやピクトを考える時は、普遍的であること、できるだけシンプルであることを考えます。それでいて、発信元の伝えるべき内容を、順位を保ちながら、包括できているかも意識します。
例えば、企業ロゴであれば、通常なら100や1,000の言葉で語られる理念やビジョンも、一つの意匠として集約したものでありたい。そう考えると、ピクトとロゴには共通する部分と、抽象と具象など異なる部分があると思いますね。

いずれにしても、多くの人にとってポジティブであったり、発見があったり、記憶に残り、機能するものであってほしいと考えています。

大黒――物事をピクト化する際は、“形を整える”だけではなく、そのものをよく理解する必要があると思っています。活用する際も同様で、見た人に全てが伝わらなくても関心や興味のフックになれば、と思いますね。

例えば、「EJP」では、案内図などに使う一般的なピクト(交通、トイレ、車いす、等)のほか、「相撲」や「秋葉原」など、普通ならピクトにしないようなものもたくさん用意しています。
 
 
「EJP」サイト上には、多くのピクトに情報、歴史、豆知識、独自の視点などを加えた解説が添えられる。ピクトへの興味をきっかけに、日本文化への学びや関心が深まる

山田
――「納豆」とかもすごく面白いけど、作るのも理解するのも難しそうです(笑)。「EJP」のキーワードに「二度目の日本」という言葉がありましたが、確かに、「大仏」「お好み焼き」等、何度か日本にやって来た人にしかわからない、かなり具体的なものも含まれていますね。
ピクト化する過程でエッセンスを抽出して、“外さないポイント”を見つけるのって大変だろうなと思いました。

大黒さんのスケッチ。幾何学形態を取り込んで、合体させているところがポイント。3D的な表現は抑えて、直線のラインを意識しているという


モーションピクトの拡張や、誘導などへの活用の可能性

大黒――オンスクリーンでピクトを見せるケースも増えていますから、GIFのようにポイントになるところを少し動かしてモーションピクト化することで、伝える内容を増やすという方法もあると思います。

「EJP」でも、参拝や入浴マナーなど、言葉だけでは理解しにくい日本独特の文化や習慣については、アニメーションをつけて易しく伝える工夫をしています。
少し動きがあると誘目性が高まり、“大切なこと”として、目に入りやすくなるといわれています。

山田――私もモーションピクトに近い作品を制作した経験があります。たった2、3秒動くだけでも“それらしさ”が出て、伝わる速さも向上すると思っています。止まっている時にはわからないものが、2、3秒動くだけで理解度が倍どころでなく10倍以上にも高まる感じがあります。

それに、「EJP」の「餅つき」のピクトなどもそうですが、プレーンなものがちょっと動くだけで生まれる、愛着とか可愛らしさがありますよね。見た人の中に、「この子、可愛いな」みたいな感情を呼び起こすような。

大黒――確かに、抽象性の高い形が一生懸命高速で動きだしたりすると、なんだかとたんに可笑しい、みたいな感じがありますね。動画の表現を前提に考えると、ピクト自体の可能性も広がっていくと思います。

山田――ピクトグラムは伝えたいことをシンプルに、視覚的に表現することができる存在だと思うので、モーションピクトも複雑なことはせず「シンプルなのに伝えたいことがわかる」ことを目指した方が、面白さにもつながると思います。

私はモーションピクトを作ったことはありませんが、以前ピクトグラムと同じく抽象性が高い「棒人間」を使ってアニメーション作品を制作したことがあります。モーションピクトと同じく、最小限の情報で言語が違う人にも伝わることを意識しながら制作しました。人間のシンプルな動きでも、記号的な存在に置き換えて少し動くだけで、単純に伝わるだけではなくて、可笑しさや発見まで生まれるのが面白いですよね。

シンプルな造形と動きだからこそ細部の動き方にも神経を行き届かせないと共感や発見にまでたどり着けないと思ったので、生身の人間(自分や友人)が実際に演じた動画をコマ送りしながら棒人間に置き換えて描く方法で制作しました。

山田氏が過去に制作した作品。性別を持たない棒人間という記号的な存在が、動くことで女性を表現できるのかをテーマに制作。シンプルなアニメーションで、リアリティのあるシーンと動作を表現する

隈部――ピクトの役割として、「簡略化して何かをしっかり伝えていく」「言語が違う人にもわかるようにする」という可能性を考えた時に、そこにピクトがあることによって――例えば、コンビニのレジの前に足型のマークや矢印があるだけで「ここに並ぶんだな」とわかるように、人の動きを整理したり、流れをコントロールするなど、アフォーダンス(環境と人との関係や意味を示す)的な役割を担えるのではないかと思いました。

社会の中で解決できていなかった課題に対して、解決策を提示したり、イノベーションを起こすことができそうです。男子トイレの内側に“的”のマークをつけたところ、美化が促されて、清掃コストの大幅削減につながった――というような公共の事例がありましたね。

大黒――確かに、“ピクトのような最小のサインで、人を誘導するような最大の機能を生み出す”といったことには憧れがありますが、ピクトを「個」より「群」として機能させることに面白さを感じています。群になることで、ひとつの共通言語として広がっていくような。

GoogleのMATERIAL ICON(幅広く活用されるGoogleのデザインシステム用アイコン)のように、「みんなが意味を理解するようになり、いつしか世界中で使われるようになっていた」というように、プラットフォームとして定着する可能性に通じていることも、ピクトグラムのポテンシャルかなと思います。

「EJP」についても、看板でも、スクリーンでも、ペーパー上でも、これを使えば一定の高いデザイン品質が保たれるように考え、またプロ・アマ、誰でも簡単に扱えるようなガイドを添えました。 実際に、「こういうのを使いたかった」「無償配布してくれてありがとう」といったお礼の言葉などをたくさんいただいて、とても嬉しく感じています。

公共の施設などではどうしても「一般的だから」「皆が知っているから」といった理由で、JIS規格のピクトが採用される傾向にありますが、表現方法や媒体が多様化する中、それだけでは選択肢が少ないと感じていました。

「EJP」は多様化する利用シーンに応じて、サイネージやスマホ、看板などのサイン、紙媒体まで、サイズにかかわらず美しく表示できるようデザインされている

隈部――確かに、本当だったら、その状況に合った選択肢が他にあるかもしれないのに、「JISしか使いません」というのは、残念ですね。
サインやアイコンもそうですが、新しい時代や文化に合わせて変化・進化していくべきだと思うので、発展の余地をなくしてしまうようで、すごくもったいないと思います。

時代に応じて新しいものが作られて、コミュニケーションや機能が研ぎ澄まされていく、そしてまた新しいものが出てきて……という好循環になってほしいと思います。
どういう場所でも機能できるデザインというものがきっと存在すると思うので、私たちもそれを追求していかなくてはならないなと。デザイナーは難しいこともわかりやすいように咀嚼して、いろんな人に伝えるというのが仕事だと思っているので。

山田――「EJP」のように無償提供などを通じて、世の中に浸透していけば、「様々な選択肢がある」という認識も広まりそうです。

大黒――まさにそこも課題で。つくって発信したものを、どう機能させるかということも大切だと考えています。

ちなみに、公開してみてもう一つ意外だったこととして、――アジア圏の人々から「私の国でも使えそうなピクトがある」という感想をもらったことでした。
「EXPERIENCE JAPAN~」と名付けてしまいましたが、若干のローカライズをすることで、日本と近しい文化を持つ近隣の国でも使ってもらえる可能性があるかもしれないことに気が付きました。

ピクトグラム文化は、欧米諸国よりも先にアジア圏で受け入れられ、広がる可能性があるという


社会的な課題や主張も、ピクトを通じて世に問うてみる

山田――お伺いしたいのですが、例えば、公共トイレなどに表示すべき機能・情報の増加や、今の“男女”のマークだけでいいのか、LGBTQ+などへの多様性にはどう配慮するか、といった課題へのピクトでの対応については、どのように考えていますか。

大黒――難しいですね。機能の増加も、多様性への配慮も、「どこまでデザインするべきか」というのは考えどころだと思います。言葉だったら数行で通じるかもしれませんし……。

ちなみに、カリフォルニアのトイレには女性用に「△」、男性用に「〇」の記号が表記されています。それで通じるのであれば、「スカートをはいた女性のマーク」や「青色は男性のマーク」といった固定観念は必要なくなるかもしれません。多様性が広がるほど、利用者の認識を「一つにまとめる」ことは難しくなりますし。

山田――重要であるものの、デリケートな部分を含めて難しい問題ですね。近い将来、どうなっていくといい、といったお考えはありますか?

大黒――例えば― ―これは多様性の問題だけに限りませんが、先にイニシアチブをとるというか、自分たちの考えをピクトグラム化して、まず世に出して反応を見ながら、適宜修正していくという方法もあるでしょう。
そうすることで、その時代に合った新たなものができる可能性はあるのかなと思います。

デザイナーだけで「正解をつくる」のではなく、起業家や研究者といった様々な職種の方が見たらどうなのか? そのフィードバックを得て最適解を目指す、というイメージです。昨今のビジネスやモノづくりも、同じ傾向にありますよね。

ただ最終的に、審美性高く仕上げる部分は、デザインのプロが行うべきだと思っています。世の中に、美しいものを送り出していくために重要なプロセスです。「何でもあり」ということになると、美しくないもので世の中が溢れてしまうので。
環境問題やサステナビリティに対しても、ピクトを含めたデザインの力で貢献できると考えています。

隈部――確かに、社会に対しての解決策や、問題提議とかの接点として、ピクトグラムやアイコンが担っていけるというのは、すごく理想的ですね。

「EJP」もそうですが「情報や歴史に触れるきっかけになる」ということも、これからのピクトの、重要な役割だと感じました。教育の現場などでも、ピクトがあることで興味を引いて「これって何だろう」と。その先に、さらに魅力的な文章やストーリーや詳しい情報を紹介して――そこへの入り口になれるかもしれないというのは、新しい気づきをいただいた感じでした。
社会にとって有益な媒介になれる、ということが、デザインやサインの役割の一つかなと。

イラストほど具体性がなく、抽象度が高い分、知的関心や想像力をそそられるピクトグラム。エドテックとの組み合わせなど、教育分野への広がりも期待できる

山田――「伝えすぎずに伝えられる」というか……、文章に置き換えたら、本を1冊読まなきゃ理解できないようなことも、この1ページでわかるよ、みたいな編集の役割をピクトグラムが担っているというか、そういう機能を果たせるのかな、と感じました。

大黒――今後、海外だけではなく、国内の企業やブランドも、環境や人権や政治の問題に対して「自分たちの企業はこう考えている」と発信していくことが、当たり前になっていくでしょう。その姿勢や実行力が、人々からの評価の対象になっていくからです。
そこに、世界でもトップクラスの日本のクリエーティブの力で切り込んでいく、形にしていくと、社会に役立つ面白いことがたくさんできると思います。 私自身も、自分はどういうスタンスで行くかという意思表示をしつつ、社会との接点において、デザインで貢献できる部分を探っていきたいと考えています。
ピクトグラム文化は、欧米諸国よりも先にアジア圏で受け入れられ、広がる可能性があるという
ブランディングの向上や、ユーザーとの豊かなコミュニケーションを実現する、ピクトグラムを含めたデザインマネジメントの重要度は、今後もさらに向上していきそうです。
サステナビリティやエシカル等、環境や人権問題への取り組みや意思表示が求められる中、企業やブランドの“声”の一環としても、ピクトグラムの活用シーンが増えていくかもしれません。

大黒大悟(だいこく・だいご)
株式会社日本デザインセンター 大黒デザイン研究室 グラフィックデザイナー/アートディレクター
2003年金沢美術工芸大学卒業後、日本デザインセンター入社。2011年大黒デザイン研究室設立。2018年から拠点をLAに移す。グラフィックデザインを基軸に置きながら、アート、ライフスタイル、テクノロジーにフォーカスし、新たな価値創出のためのプロジェクトに積極的に取り組んでいる。主な受賞歴 東京ADC原弘賞 / JAGDA新人賞 / JAGDA賞 / SDA賞 / D&AD(UK) / NYADC(US) / One Show(US) / ClioAward(US) / FRAME Award(HL) ほか多数

隈部 浩(くまべ・ひろし)
株式会社電通テック クリエーティブディレクター/アートディレクター
ロゴを中心としたコミュニケーション全般を担当。ブランディング、企画、映像、ディレクション、デザインなど
主な受賞暦 NY Festivals Gold / AD Stars Finalist / 第64回広告電通賞 最優秀賞 / 第79回毎日広告デザイン賞 準部門賞 / 朝日広告賞 準出版部門賞 / 日経BP 広告賞 / 日刊工業新聞広告賞 二席 / 日本雑誌広告賞 銀賞 など

山田杏里(やまだ・あんり)
株式会社電通テック アートディレクター
化粧品・ヘアケア関連の知見が豊富なアートディレクター。ブランディングやデザインの動画関連のクリエーティブやSNS施策等にも携わる
主な受賞暦 young Lions Competition2012 プリント部門ファイナリスト / LUMINE meets ART AWARD 映像部門特別賞 など

Written by: BAE編集部

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