2023-08-03

音声で企業や地域へのロイヤリティを高める。聴覚情報で現実を拡張する「音声AR」

ブランドコミュニケーションにも活用されるXR技術
現実世界にデジタル情報を重ね合わせ、新しい体験価値を生み出すAR(Augmented Reality=拡張現実)。私たちにとって身近なテクノロジーのひとつとなっていますが、視覚ではなく、聴覚を通じて現実を拡張する「音声AR」という取り組みが数年前から登場しています。

音声ARを活用したさまざまな取り組みを行っている、株式会社バスキュールの佐々木大輔さんに、その具体事例から可能性まで、お話を伺いました。


目と手をスマホから解放させる音声AR

——まず、「音声AR」とはなんでしょうか。

ARというと、映像を用いるイメージが強いと思いますが、音声によって現実世界に情報を付加する体験コンセプトおよび技術が「音声AR」です。スマートフォンやタブレットなどで動作する専用アプリケーションとバックエンドシステムを通じて、ユーザーの位置情報や各種ステータスに応じた音声コンテンツを出し分けることで、現実世界をより感動的に、より楽しく、より便利にする体験を実現します

大阪の堀越神社で開催された音声ARを活用したイベント「オトガタリ〜夏祭りの約束〜」の様子

——なぜ、視覚情報ではなく聴覚情報(音声)なのでしょうか。

従来型の視覚情報をベースにしたARは、目の前の風景や展示物に対して、スマホのモニター越しに映像を投影していました。一方、音声ARは、目の前にある風景そのものを見てもらいながら、音声によって意味を加えるというアプローチをとります。目と手をスマホから解放させることで、現実世界とユーザーをより自然な形で、よりエモーショナルにつなぎたいと考えています。

音声には人の記憶や感情と結びつき、イマジネーションやインスピレーションをかき立てるという特性があります。そのため、情報量が多い分、受動的になりがちな視覚情報と比べると、聴覚情報は体験がより能動的になり、深い没入感を生み出すことができると考えています。

また、ユーザーの視界を邪魔しないことから、長時間にわたって屋外を移動しながら楽しむようなコンテンツをつくりやすいこともポイントです。昨今、ワイヤレスイヤホンの常時装着が一般化し、イヤホンをつけたまま電車に乗る人や街を歩く人を多く見かけるようになりましたが、移動しながら聴くことを前提にした音声ARコンテンツは、こういった現代ならではの新たな行動様式や習慣との親和性も高いと考えています。


エモーショナルな体験を音声ARが演出

——バスキュールさんの提供されている音声ARの仕組みを簡単に教えていただけますか。

体験者の位置情報データをBeaconやGPSなどのセンサーで取得をして、その位置情報に応じて音声情報を出し分けています。位置情報のみならず、年齢・性別・言語などの属性や、カップルで来ているのか、家族で来ているのか、どのような道筋をたどってその場所に来たのかなど、ユーザーのさまざまなステータスや、文脈に沿って、情報を出し分けることも可能です。

音声ARの仕組み

例えば、ある国民的人気ゲームの周年記念として実施した展示イベントでは、来場者の事前アンケートの内容や行動に応じてナレーションを変化させ、展示物の前に立つだけでそれぞれの映像とシンクロしたゲームBGMやキャラクターボイスを自動的に再生しました。パーソナライズされた音声コンテンツを提供することで、個人の記憶や感情に語りかける体験を実現し、各種メディアやSNSでも大変話題になりました。

——企業のマーケティング支援の手段として、音声ARを活用した事例があれば教えてください。

自動車メーカーSUBARUと共同開発したドライブアプリ「SUBAROAD」をご紹介します。2021年末にローンチし、多くの方からの支持をいただきながら、全国各地へと対応エリアを拡大しているサービスです。

株式会社SUBARU 公式YouTubeより「SUBAROAD」紹介

通常のカーナビは、目的地に最も効率的にたどり着けるルートを案内してくれますが、「SUBAROAD」は、あえて遠回りになっても「走っていて面白い道」をナビゲートしてくれるサービスです。大きな道から一本外れた道には、その地域ならではの風景が広がっています。長いカーブが続くワインディングロードを走れば、SUBARU車の性能を引き出せる喜びがあります。そういった、走りがいや発見性のある道を案内することで、クルマの移動そのものをエンタメ化しようと考えたのです。

ドライブ中には、「SUBAROAD」アプリは車の位置情報と連動し、走っている土地の歴史や物語を音声で提供します。また、音楽ストリーミングサービスのAWAと連携し、変わる景色にリンクしたドライブミュージックも自動で再生します。音声ARの技術を活用することで、目の前に広がる景色をよりドラマチックに演出したり、目には見えない地域の魅力を伝えているのです。

デジタル活用というと、効率や利便性といった一般化された物差しで捉えがちですが、「SUBAROAD」は、SUBARUならではの「走る愉しさ」をデジタル技術によって増幅させるアプローチと言えます。こういった、ブランドの情緒的価値を引き出す手法としても、音声ARは有効な手段になりえるのではないかと考えています。


音声ARで、歩きたくなる街をつくる

——これまでご紹介いただいた事例を見ると、音声ARは、楽しさや面白さ、新しい価値づけといった、個人の感情に訴えるアプローチに有効だと言えそうですね。街歩きに音声ARを活用した最新事例があるとのことですが、教えてください。

この春、三井不動産、TBSラジオ、弊社の3社による共創プロジェクトとして「EAR WE GO!」という体験型ラジオの実証実験を行いました。

「EAR WE GO!」は、ラジオパーソナリティが街を歩きながら収録した音声を、リスナーの位置情報に応じて自動再生することで、まるでラジオパーソナリティと一緒に街歩きを楽しんでいるような体験を提供するサービスです。音声AR技術を活用することで、目の前の風景とトークが常にシンクロし続ける、「現実連動ラジオ番組」の実現を目指しました。

三井不動産株式会社 プレスリリースより

——この取り組みの狙いはなんでしょうか。

昨今、デジタル技術やデータ活用を街づくりに取り入れようとする動きがありますが、私としては、従来のスマートシティが掲げていた「より便利に」「より効率的に」といった一般的な指標を追い求めるのではなく、その街ならではの個性を際立たせるためのデジタル活用に取り組みたいと考えていました。

そこで思い至ったのが、音声AR技術を活用して「まち歩き」の体験価値を高めるというアプローチです。昔から、街の魅力をはかる指標のひとつに「まち歩きの楽しさ」があると思いますが、音声ARというソフトウェアからのアプローチで、もっと歩きたくなる街づくりにトライしたいと考えたのです。新型コロナも収束しつつある今だからこそ、日本橋を歩いてもらうことで、もっと街を知り、もっと街を好きになってもらいたい。そんな狙いからこのプロジェクトはスタートしました。


——確かにリアルイベントの盛り返しもあり、街歩きと組み合わせるというのは有用なアイディアですね。ちなみに、ラジオ局と組んだ理由はなんでしょうか。

ラジオの特徴のひとつが、パーソナリティの個人的な視点や偏愛をもとにトークが展開される点だと思います。客観ではなく主観で語るからこそ、リスナーと番組との信頼関係や共感が生まれ、距離の近さを感じることができる。そんなコミュニケーションメディアとしてのラジオの可能性に着目しました。パーソナリティが、その人独自の視点で街を案内してくれたら、リスナーに対して、街の新しい面白がり方を提供できるのではないか、と考えたのです。

また、ラジオの持つ「双方向性」にも注目しています。ラジオは昔からリスナーからの投稿が盛んで、その投稿をパーソナリティが読み上げることで番組が形作られるという特徴があります。今後、「EAR WE GO!」でも、おすすめの店舗情報や街に関する個人的なエピソードをリスナーから投稿してもらい、それをもとに音声コンテンツをつくっていくような、双方向性のコミュニケーションを展開してみたいと考えています。市民参加型の街づくりのアプローチとしても面白いのではないでしょうか。

「EAR WE GO」実証実験で実施された音声コンテンツの一つ

——さきほどスマートシティというお話が出ましたが、スマートシティにおける「音声AR」の可能性について、どのようにお考えでしょうか。

この10年で、ショッピング、エンタメ、教育といった、日常生活に関わる多くのサービスのオンライン化が進み、コロナ禍の影響もあってリモートワークも広く普及しました。どこに住んでいようと、誰もがスマホひとつで高度な利便性を享受できる時代になったのです。今後、更にこの傾向が進むことで、これまで都市や地域が提供していた機能的価値の多くがオンラインに代替されていく流れは止まらないでしょう

一方で、情緒やストーリー、文化といった、地域それぞれが個性として持っている意味的価値はオンラインに代替されづらいものとして、その重要性は増していくと思います。これまでのスマートシティはとにかく機能的価値を高めることを目指していましたが、これからは意味的価値に着目したデジタル活用のアプローチを模索していく時代になるのではないでしょうか。そういった観点からも、音声ARは大きなポテンシャルを有していると考えています。

音声ARは、安全で治安の良い国だからこそトライできるアプローチです。日本独自のエンターテインメントや観光資源になる可能性だってあると思います。2025年には大阪・関西万博も控えていますし、世界中から訪れる観光客に音声ARの体験を届けていきたいですね。
株式会社バスキュール Communication Planner/Project Designer 佐々木大輔 さん
聴覚を通じて個人の感情に深く訴えかけ、リアルな空間での体験価値を向上させる音声AR。これまで利用されてきた美術館などでの使い方もアップデートされています。商業施設などのリテール領域での新しい購買体験をもたらすような活用も、今後進んでいくでしょう。

さらに、アフターコロナの機運によるリアルイベントの盛り上がりも相まって、限定的な空間にとどまらない使い方、たとえば旅の体験を豊かにしたり、街全体の魅力を向上させような仕組みとして活用されていくポテンシャルも有しています。ユーザーのロイヤリティをより高める、製品やサービスのブランディング、シティプロモーション、スマートシティの仕組みへの組み込みなど、より広く使われていくことが期待されます。

Written by: BAE編集部

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