2020-08-25

ニューノーマル時代における「空間デザイン」──変化する“場”の活用、価値

ニューノーマル時代を知る 建築家・千葉学が語る「これからの空間」
これまでのビジネスや生活様式を変える新常識「ニューノーマル時代」の業界展望をお伝えするこの企画。今回は“空間”編です。新型コロナウイルス感染拡大によって高まった、「ソーシャルディスタンス(およびコンタクトレス)」の意識は、現在さまざまなシーンに大きな影響を与えています。

今後、空間デザイン、店舗や劇場などの“場”はどのように変化していくのでしょうか。「空間におけるニューノーマル」をテーマに、東京大学大学院工学系研究科教授も務める、建築家の千葉学さんにお話を聞きました。


“つながる”と“離れる”で構成される「空間」

——現在、さまざまな場面で「ソーシャルディスタンス」をいかに保つかが課題となっています。建築家として、そのことをどう捉えていますか。

つながること、離れること。この2つは、どちらも重要な視点です。

東日本大震災の際は、未曾有の大災害を前に、通信インフラも破壊され、物理的にも心理的にも“離されてしまった”人々は「いかにつながるか」を模索しました。一方で、避難所生活が長くなると「ひとりの時間(離れる)」の必要性も浮かび上がってきました。

今回の新型コロナにおいても、感染防止のために“離れる”必要があり、そのなかで、人々は「いかにつながるか」を模索しています。

つまり有事の際、我々は常に「離れる」と「つながる」という問題に直面するわけです。その背景には、人間の抱える矛盾「群れたいけど、離れたい」という本能があり、有事の際はそれが顕在化しやすいといえます。

離れるとつながる。双方の違いは「距離感(間)」にあります。たとえば、会議をする際に、机やイスの距離を変えることで、会議中の雰囲気まで変わることがあります。これは私たちの心に「間」が大きな影響を与えることを示しています。

ですから、空間デザインを考える際、これまでも「間」は非常に重要なファクターでした。それが新型コロナウイルスの影響によって、空間デザインだけでなく、空間活用全般における重要なファクターへと変化している印象があります。

人と人の“距離”をいかにデザインするか。今後「空間」を考える上で、それは重要なキーワードとなるでしょう。ちなみにツールだけでなく、“自然”も空間デザインの要素のひとつです。どこで、何を、どう置くか。間に入るものを変えながら、私たちは新しいスタイルを構築していくことになるでしょう。


——距離(間)を考慮すると、場の在り方も変化していくことになりそうですね。

つながり方という視点で考えれば、オンラインとオフラインを自在に使い分ける現在の生活様式は、今後も加速、定着すると私は考えています。なぜなら、利便性が高いからです。

働き方もそうですよね。これまで生産性を上げるために、オフィス(一箇所)に集めることが“日本の当たり前”になっていました。しかし今回の新型コロナによって、リモートワークでも多くのことに対応できる現状を前に、「オフィスで集まることが本当に効率的なのか?」という疑問が生まれています。本当に必要な広さ、働きやすい空間とはどのようなものなのか。さまざまな観点から「働く」を見直す機会となりました。

一方で、飲食店は現在、大きな課題に直面しています。これまで家賃から席数を算出し、それに準じた空間デザインを設計してきましたが、今後は「距離感」も意識しなければならない。これは多くの経営者にとって、非常に悩ましい問題です。なぜなら席数を減らせば、収益が減ってしまうことになるからです。

ただ、“リアルの価値”は変わっていませんし、リアルが不要になることもないでしょう。そのために現在は、ルールを決めて集まること、利用時間を変えることで密集を避けること、さらにサービス内容を変えるなどして、感染防止策を講じています。そのなかで、「新しい価値」が生まれたケースもあるはずです。

たとえば私の研究室では、「換気」という観点から、学生たちと屋外で対峙したことがあったのですが、むしろ「開放感があっていい」という声もありました。屋内から屋外へ。場を変えることで、新たな価値を生み出す。これも選択肢のひとつではないでしょうか。

——カタチを変えることで、新たな発見に出会う。その可能性は、さまざまなシーンにおいて、多く存在しそうですね。
はい。私の場合は、オンライン授業を通じて、出席率の向上や、リアルではなく、チャットによる質問形式にしたことで授業が活性化するなど、新しい体験をすることができました。


そのなかでオンラインはリアルの代替ではなく、“新たな選択肢”という実感を持っています。今後リアルとオンラインの融合はさらに進み、リアルとバーチャルをいかに組み合わせるかが重要となるのではないでしょうか。その未来では、VRやMRなど、バーチャルの特性を最大限に活かせるテクノロジーが活躍する可能性も十分あるでしょう。


先日もサザンオールスターズが「無観客配信ライブ」を行い、延べ50万人が視聴したというニュースがありました。これも参加はオンラインですが、“リアルタイム”という点では、アーティストとファンがたしかな“つながり”を感じる機会となりました。

この視聴人数は、リアルではどこのドームでも収容不可能な人数であり、エンタメや芸術領域における「新たな可能性」がそこにあることを彼らが証明してくれた、ともいえるのではないでしょうか。


パーソナルモビリティが主役になれば、街の価値は変わる

——「距離感(密集)」への意識の高まりは、今後、街の在り方、交通のクラウド化「MaaS(Mobility as a Service)」にも影響をおよぼすのでしょうか。

街の在り方という点では、日本はもっと路上や屋外を活用することを、積極的に考えてもいいフェーズに入ったのではないかと個人的には感じています。そもそも日本は、公園でのボール遊びは禁止。同様に、路地でしてはいけないことも非常に多い。そろそろ時代に合わせて、ルールを変えていく必要があるように思います。

今回の新型コロナの影響を受けて、移動手段として、自転車を利用する人が増えたといわれています。これは“密を避ける”ためには、パーソナルモビリティがいちばんですから、自然の流れともいえるでしょう。

しかし実は、屋外活用に関しても、自転車活用に関しても、日本は諸外国に比べ、遅れている状況にあります。

MaaSにおいては、電車もバスも自転車も、ひとつの移動手段として、シームレスに連動します。なのに、そのためのインフラ整備が遅れているというのは、大きな問題といえます。

一方、すでにオランダのアムステルダムやデンマークのコペンハーゲンの道路は自転車レーンが整備されており、自転車先進国として、世界的に評価を受けています。しかしこれは、そもそも道路の広さとしての“ゆとり”があったからできたもので、日本、特に東京の道路は狭いため、整備が容易ではないという事情も存在しています。

20世紀はクルマの時代でしたから、クルマの視点で道路を捉えていました。しかしこれからはコロナという視点においても、MaaSという視点においても、自転車が重要な意味を持つ時代に突入します。

そのなかで、これまで「駅から近い」ことや「大通りに面している」ことが場として価値が高いとされてきましたが、人の行動が変わることで、街や道の価値も変化するはずです。今後は、自転車で来やすい、といった新たな価値が創出される可能性も十分にあります。

なぜなら、クルマにとってのメインストリートと、自転車にとってのメインストリートは異なるからです。坂道がなく、平坦で走りやすい。自転車にとっていい道に、人が集まる。そこに彼ら向けの店舗がオープンし、サービスを提供することでエリア全体が活性化する。そうやって、“道”の価値の転換が始まると私は考えています。


“場”の価値が刷新される「ニューノーマル」

——アフターコロナとよばれる、これからの時代。私たちの生活、そして空間の活用はどのように変化していくとお考えですか?

よく「ニューノーマル」といいますが、私自身、もう元には戻れないと考えています。なぜなら歴史は繰り返すからです。また10年後にパンデミックが起きる可能性もあります。そのときに、対応できる私たちであるためには、変わらざるを得ない。

その解決には、空間でできることもあれば、運営でできることもあります。換気のいい空間設計をしたり、人数の制限を定めたり、リアルとオンラインを併用する方法もあるでしょう。

結果、これまで共有体験といえば「場」を指すことが多かったですが、今後は「時間」を指す時代になる可能性もあります。リアルタイムで共有すること。その価値の高さは、オンラインにおいても同様であることは、今回のコロナによって証明されたともいえます。

これからは、「人と人が会う」意味も変化してくるかもしれません。現在も“会えない”からこそ、会えたときの喜びは大きなものになっています。しかしオンラインでも「会う」ことはできます。もっとテクノロジーが進展すれば、まるでリアルで会っているかのようにオンラインで場を共有し、空気や感触までも共有できるようになるかもしれません。そうなれば、「会う」価値にも変化が訪れる未来も想像されます。

一方で、リアルの価値がなくなることはないでしょうから、店舗などの「場」は、モノを売るだけでない機能を有し、一種サードプレイス的な役割も担うようになるのではないでしょうか。また日本全体で見れば、空き地や空き家が多く存在しているわけですから、これを有効活用しないのは、もったいないですよね。空間の目的は、必ずしもひとつではありません。劇場を読書スペースのように活用するなど、思い切った発想転換があってもいいのではないでしょうか。

視点を変えれば、シャッター商店街だって、よみがえる可能性がきっとある。地域再生のためにも、場の活用について、日本はもう一度、深く考える必要があるように思います。

都市設計という視点で東京を捉えると、そこには海外にはない、“隙間の魅力”があります。大通りから一本入れば、路地がひしめき、戸建てが並ぶ。その景観は美しく、東京らしさに満ちています。

その美しさを損なわずに、都市がアップデートしていくためには、「場」の考え方を刷新する必要があります。その先に「東京のニューノーマル」がある。私はそう考えています。

東京大学大学院工学系研究科教授、建築家の千葉学さん Photo_Wu Chia-Jung
​​人と人の距離。それは物理的なものもあれば、心理的なものを指すこともあります。今後どちらの視点も発想を変え、アップデートしていく必要があるのかもしれません。
「ニューノーマル」は生活様式や空間活用だけでなく、都市全体にまでおよぶ可能性が十分にあります。既存の空間や場所に、新しい価値を生み出すことなど、ユーザーとのコミュニケーションには空間や都市という広い視点が今後より必要になってくるでしょう。
Written by: BAE編集部

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