2021-02-09

VR空間でも活きる“店舗のブランド力”
──仮想空間とリテールの親和性

バーチャル伊勢丹に見る、仮想世界のポテンシャル
新型コロナウイルスとの対峙で大きなキーワードとなった「コンタクトレス(非接触)」。リテールにおいては、接客のオンライン化など、顧客体験をいかにオンラインで提供するかについて各社が試行錯誤しています。

三越伊勢丹ホールディングスは、2020年11月、伊勢丹新宿本店を皮切りに、店頭に展開されている全商品をオンライン上で購入できるサービス構築を目指し、「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」を開発。アプリを介したビデオ接客の提供など、「質の高い接客」という強みをオンラインでも活かす動きを見せています。そんな同店は、バーチャル空間上にもすでに「仮想伊勢丹新宿本店」を構え、VR空間上の展示即売会「バーチャルマーケット」への参加経験も持ちます。

百貨店の仮想化を企画した、三越伊勢丹ホールディングス チーフオフィサー室 関連事業推進部 仲田朝彦さんに「百貨店を仮想化することで生まれるメリットや可能性」について伺いました。


VRだから実現できる「心に残るEC体験」

——昨年開催された仮想空間上の展示即売会「バーチャルマーケット4」には、大手企業を含む43社が参加し、100万人以上のユーザーが来場。そのなかで、百貨店として唯一参加したのが「伊勢丹新宿本店」でした。まず、仮想空間に着目した理由を教えてください。

新型コロナウイルスコロナの流行によって、人々のライフスタイルは大きく変わり、インターネット通販の利用も拡大傾向にあります。しかし私は以前からずっと、「ECにおける体験」について、ある疑問を抱いていました。

たしかにインターネット通販は便利ですが、「思い出に残る体験をしたことがある人はいるだろうか?」。ひとり孤独にPCやスマホと向き合い、商品を選ぶ。そこに大きな感動は生まれづらいですよね。

そこで私は、仮想空間上で新たな顧客体験を提供できれば、ECでも“買う楽しさ”をお届けできるのではないだろうかと考えました。

現在作成中の「仮想・伊勢丹新宿本店」

仮想空間に着目したのは、ECサイトではシステム上、どうしても画一的に商品が並んでしまうため、各ブランドの世界観を表現できないということに気付いたところからです。しかし仮想空間上であれば、店内に足を踏み入れた先にはきれいにレイアウトされた商品があり、販売員がおもてなしをする、というリアル店舗に近い体験をお届けすることができます。目指したのは、百貨店の強みを活かした「質の高いアナログ体験の提供」です。

ちょうど2018年頃に「社内の起業制度」が発足したこともあり、バーチャルプラットフォームへの進出を会社に提案しました。しかし当時は、事業の可能性や実現性を示せず、失敗に終わりました。そこで2度目の提案では、後輩や同僚の協力を得て、プロトタイプを内製。ようやく今回の「バーチャルマーケット4」で、最初の一歩を踏み出すことができました。

——「バーチャルマーケット4」では、実際に仲田さんがアバターとして店舗に立ち、接客を行いました。百貨店の持つ販売ノウハウ(質の高いアナログ体験)は、仮想空間を訪れたアバターに対しても有効だったのでしょうか。

空間にモノを置き、きれいにディスプレイする。百貨店では当然のことですが、その形式美は仮想空間上でも好評でした。また接客も、基本的にはリアル店舗と同じように行うことを意識しました。

仮想伊勢丹新宿本店の店内。一歩足を踏み入れれば、伊勢丹のリアル店舗同様、美しくディスプレイされた商品が並ぶ

お客様がご来店されたら、「いらっしゃいませ」から始まり、商品の説明を求められれば、その魅力をお伝えする。一方でリアル店舗と違ったのは、商品説明をしているとなぜか人だかりができる、という現象が起きたことです。

——なぜ「人だかり」ができたのでしょうか。

仮想空間上は、人と人との距離が非常に近く、気軽に話しかけたり、見知らぬ人同士のコミュニケーションを楽しんだりするカルチャーがあります。ですから、リアル店舗よりも気軽にお声がけいただいた印象がありますし、商品説明をしていると、覗き見する方が現れたりもします。

アバターも多種多様で、人型の方もいれば、サルなどの動物のアバターを利用されている方もいました。ですから、動物に接客する百貨店の店員という、リアル店舗では絶対に見られないような光景が展開されることもありました。その奇想天外な様子に、多くの人が集まるというのもよくわかります。

さらには、訪れたアバターのお客様が私と記念撮影されるケースも多く、リアル店舗よりも自由で、幅広い楽しみ方をされている印象でしたね。


デジタル紙袋を配布し、バーチャルとリアルのPRを実現

——VR空間では、ウィンドウショッピングも「エンタメ」になりえるのですね。

仮想空間上は、音声による会話もできますし、“買い物のエンタメ化”という点ではさまざまな可能性があると思います。やはり仮想空間は没入感がありますので、「非日常感」が味わえて、単純にすごく楽しい時間を過ごすことができます。これは、販売員である私もそうでしたし、訪れたお客様にとってもきっとそうだったのではないでしょうか。回を重ねるごとに来場者数が増加し、第4回にして100万人超のユーザーが訪れた理由もよくわかります。

実際、訪れたお客様には遠方からアクセスされた方もいらっしゃり、「地元にはない伊勢丹に行けた!」など、仮想空間ではあるものの、「伊勢丹を感じていただく機会を創出できた」と考えています。また、当初から外国人ユーザーもターゲットにしてはいたのですが、想定以上のご来店があり、これもうれしい誤算となりました。

——VR空間上は、国内外を問わず、顧客との新たなタッチポイントとしても、有効に機能しそうですね。

はい。数値的にも、想定の20倍以上、12日間で19万人ほどの来客数がありましたし、自社ECサイトを大きく上回るコンバージョンを記録し、商品の売れ行きも好調でした。

販売した商品は、実在するブランドがデザインしたアバターの着せ替え用の3DCG素材をメインに、自社ECに誘導する形で、実際の商品の販売も行いました。

特によく売れたのは「ガラスの靴」。普段は絶対に履けないようなものを、バーチャル上では楽しみたいというニーズがそこにはあったのではないでしょうか。価格設定は、私自身ゲームが好きで、感覚値ですが「リアルの10分の1」くらいが相場と分析し、ガラスの靴も2,000円に設定しました。決して安くはないですが、「いいモノ」であれば、仮想空間上でも売れるのだと実感しました。

仮想伊勢丹新宿本店で販売された、アバター用の「ガラスの靴」

何より商品はデータのため、在庫を抱える必要がないというのは大きな魅力です。経験値を得る挑戦の場として、若手のデザイナーや学生に提供もしやすい。すでに学生とのコラボレーションは実施済みで、3,000円のアバター用の素材が大ヒットしたケースもあります。

このような、リアル店舗ではコスト面のハードルなどから、なかなか実施できないチャレンジングな商品展開や取り組みができることは、仮想空間ならではの強みだと思います。そのなかで、新たな百貨店の可能性が生まれることもあるのではないかと、期待を抱いています。

——ITやエンタメ関連の企業だけでなく、小売りやインフラなど、幅広く様々なジャンルの企業や団体が、VR空間内等での販売やPRに取り組む例が増えてきました。背景にはどのような理由があるのでしょうか。

1Fインフォメーションのゾーンで、マクミラン柄の伊勢丹ショッピングバッグを無料配布しました。これが功を奏しました。

あの特徴的な柄の紙袋は、伊勢丹を象徴するアイコニックなプロダクトです。バーチャル空間上ですれ違う他のアバターが伊勢丹の紙袋を持っていることに気づき、ユーザー自ら「伊勢丹を探す」ということが多く発生し、来場者数の増加につながりました。いわば、お客様がお客様を呼んでくださったわけです。

加えて、デジタル素材ですから、販促コストを抑えながら、最大限の効果を生み出すこともできました。SNS上でも「伊勢丹の紙袋をもらった!」などの投稿をしてくださる方がいらっしゃり、仮想空間を通じて、リアルにおいても「オンラインでも楽しめる伊勢丹」を広くPRできたのではないかと感じています。

三越伊勢丹ホールディングス チーフオフィサー室 関連事業推進部 仲田朝彦さん
伊勢丹ショッピングバッグを無料配布した、1Fインフォメーションのイメージ


都市空間の仮想化で生まれる「新たな市場」の可能性

——伊勢丹の持つノウハウ、ブランド力は、仮想空間上でもプラスに作用しました。今後、仮想空間をどのように活用していきたいとお考えでしょうか。

近い将来、ユーザーが毎日訪れたくなるようなVRのプラットフォームを作りたいと思っています。

2020年度末から2021年度にかけては、他社作成のプラットフォームへの出店にとどまらず、自社で「仮想・伊勢丹新宿本店」というバーチャルプラットフォームを立ち上げる計画を進めています。リアル店舗と連動したコンテンツと、リアル店舗では実現できないサービスを掛け合わせることで、これまでにない顧客体験の提供に挑戦していきます。
これまで買い物の‟楽しさ”といえばリアル店舗、オンラインでの買い物はあくまでリアルを捕捉するものであり、短時間で効率的に目的のモノが購入できることに重点が置かれていました。しかし、コロナ禍でオンラインとオフラインの関係性は大きく変化し、またデジタルトランスフォーメーションにより、OMOは加速しています。

エンタメ領域だけではなく、イベント実施からショッピングまで、活用の幅が拡大している仮想空間市場。
今回の、伊勢丹新宿本店をはじめとしたリテール領域だけでなく、リアルで培ったノウハウ、ブランド力は、VR空間上でも効果を発揮する傾向にあります。ニューノーマル時代において、オンラインでの買い物の”楽しさ”を実感することが出来るこのような体験やサービスは必須となるのではないでしょうか。また、新しいマーケットのニーズを捉えることで、新たなビジネスチャンスの創出や、新規顧客の獲得にもつながるでしょう。
Written by: BAE編集部

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