2020-06-12

AI×アイトラッキングが生み出した、「視線推測」のポテンシャルとは?

ブラックボックスを可視化する技術の可能性
今年1月に発表された、リサーチステーション合同会社の調査によれば、アイトラッキング(視線計測)市場は今後急成長が見込まれ、その世界市場規模は2020年段階の推計で5億6,000万ドル、2025年には17億8,600万ドルに達すると予測されています。

ではなぜ、以前からあるアイトラッキングの技術に注目が集まっているのでしょうか?

新たなアイトラッキングのカタチ、AIを活用した視線推測システムの開発に成功した株式会社ヒトクセ 事業企画部 渡邉勇輝さんにお話を聞きました。


“隙間”を埋める、アイトラッキング

——まず、アイトラッキング市場が昨今、急成長している背景について、教えてください。

社会のデジタルシフトが進むなかで、私たちの生活にまでテクノロジーは浸透しました。AIやIoT、VRはもはや多くの人にとって、馴染みのある言葉へと変わりました。

マーケティング分野においてもその動きは同様で、数値が可視化されるデジタル領域は広告費も伸び続けていますし、多くの企業が活用しています。しかしデジタルプロモーションにおいての指標(KPI)は、ユーザーとの接触を示すPV(動画なら再生回数)またはUU、そしてユーザー動向の結果を示すCVや離脱率/読了率などで設定されることが多く、結果に至った経緯や原因を示すような指標はありませんでした。

これでは、PV/UUとCVの相関関係を正確に分析することはできず、何を改善すればいいのかが不明確になります。たとえば、Webページの半分まで見ている人の割合が50%だとわかったとしても、改善するために具体的にどの要素をどう改善すべきかわ示してくれません。CVや離脱に関する原因を突き止めることはできないわけです。

その抜け落ちた“間”を補うために、ヒートマップなどのサービスが存在しますが、ユーザーの端末が取得した情報の範囲はわかっても、「ユーザーがページ内の〇〇に関心を持っていた」あるいは「〇〇には関心がない」といった関心の所在はわかりません。

いわば、これまでデジタル領域におけるブラックボックスとなっていた“間”を、アイトラッキング(視線計測)で埋めようとする動きが世界中、各分野で加速しており、その影響が市場の急成長にも表れていると考えています。

——アイトラッキングを使うことで、“間を埋める”ことができる。デジタル以外では、どのような分野でニーズが高いのでしょうか。

技術継承や教育ですね。たとえば、紙のマニュアルを読みながら作業をしても、上手くいかないということは多々あります。なぜなら、作業において“注目”すべき場所が本来はあるわけですが、それは技術者の感覚によるところが大きく、多くの場合、明文化されていないからです。

つまり、どこをどう見て、どのように作業すればいいのか。やはりここにも“間”が生まれてしまっていたわけです。

ちなみに、海外ではすでに、VRやスマートグラスを活用した、シミュレーション訓練(社員教育)が注目されていますが、視線の動きを分析することで、訓練の精度が向上することも利用されている理由のひとつです。


——現在、アイトラッキングは注目されているものの、メインストリームではない印象です。そうなるためには、何が必要なのでしょうか。

アイトラッキングは優れた技術ではありますが、個人情報保護の観点で捉えると、さまざまな課題が存在しています。アメリカでは以前、スマートフォンのインカメラを使い、ユーザーの目の動きを計測する手法もありましたが、ユーザーからの評判が芳しくなく、すぐにそのブームは過ぎ去ってしまいました。

以前から、アイトラッキングを活用したいと考える企業は多いのですが、ユーザーの不安感をいかに払拭するか。そこに課題感がありました。特に日本人は、プライバシーに関しては敏感ですから、アイトラッキングを活用した調査はほぼ、モニター調査という形で行われており、なかなか浸透していないのが実情です。


AIによって生まれた、新たなカタチ「視線推測」

——アイトラッキングにおけるプライバシーの問題は、どうすれば解決できるのでしょうか。

視線を計測するのではなく、視線を「推測」することで解決できると考えます。ヒトクセでは、スマートフォンでWebサイトを閲覧する際の、指の動きと目の動きの教師データからAIモデルを構築。カメラを使わず、指の動きによって、目の動きを推測する技術を開発しました。その精度は現段階で、約83%ほど。今後さらにデータを収集することで、精度はより向上していく予定です。


これにより、ユーザーのプライバシーを保護しつつ、PV/UUに代わる指標、どこに注目していたかがわかる「注視率」を生み出すことに成功しました。

もしかすると、指をタップした場所がわかるなら、それ自体が指標になり得るのではないかと考える方もいるかもしれませんが、それでは不十分です。なぜなら、スマートフォンでの行動の場合、タップしている場所とユーザーが見ている場所(関心)には、相違があるからです。

PCによるWebサイトの閲覧時は、マウスの位置とユーザーの関心度はほぼ一致する傾向にあるが、スマートフォンで閲覧する際は、
タップの位置とユーザーの関心には相違がある傾向にある(ヒトクセ社調べ)

この技術を使った、当社のWebマーケティングツール「GazeAnalyzer(ゲイズ・アナライザー)」では、AI×視線トラッキング技術を融合することで、ユーザーの関心位置を特定するWeb解析や、関心度に合わせた広告ターゲティングを実現しています。

ここでそれぞれ具体的に説明します。

まず「ユーザーの関心位置を特定するWeb解析」では、サイトのどんなキャッチコピー、どんな画像を見て、CVにつながったかを解析することができます。これにより、各クリエイティブの売上貢献度を可視化することができ、サイト改善も効率的に実施することが可能です。

ヒトクセ社の調査によれば、特定のコンテンツへの注視率が高いユーザーは、低いユーザーに比べて、再訪問率が1.6倍高い

次に「関心度に合わせた視線ターゲティング広告」について説明します。GazeAnalyzerによって、特定のコンテンツに注目したユーザーを判別し、そのユーザーに限定して広告を配信可能にします。ユーザーにとっても、興味のある広告が表示されるわけですから、当然、クリック率も高くなります。また、興味のないユーザーを排除でき、コストカットにもつながるため、ROIの向上が実現可能です。


どちらも、“ユーザビリティの向上”に主眼を置いて設計されている点が特徴です。今後新型コロナによってデジタルシフトがさらに進めば、サイト上におけるユーザーとのコミュニケーションは非常に重要となります。それはつまり、デジタル上でいかに接触からコンバージョンまで完結させることができるか、ということです。そのためには、ユーザー目線でのサイト設計、アプローチが求められるのではないでしょうか。

——“視線推測”によって誕生した新たな指標、「注視率」を活用した改善例を教えてください。

富士通総研様の事例では、リード獲得のための情報サイトを分析したところ、経済に関するテキストに対してユーザーが特に反応しており、CV率(※1)は25%、他のテキストの約2.8倍も高いことが判明しました。
※1 問い合わせ数

そこで、「経済」に関するテキストに注目したユーザーだけに絞り、「経済」をキーワードにしたクリエイティブで広告配信を行ったところ、広告効果が約23%改善しました。


さらに、陸上スパイク比較サイト「ShoesPicks」様では、GazeAnalyzerを活用し、EC購入につながりやすいコンテンツを分析。コンテンツを注視率の高い位置に移動することで、CV数は約3倍、CVR(※2)は約3.54倍に改善しました。
※ 2 PVに対して、EC購入につながった数値


次のステップは、「感動の定量化」

——最後に。今後のアイトラッキング市場におけるポテンシャルについて、ご意見を聞かせてください。

現在のアイトラッキングにはひとつ、大きな課題があると考えています。それは「感情分析」です。ユーザーがどこを見ているかはわかっても、それによって生まれた感情までは、アイトラッキングで知ることはできません。しかしブレインテック(脳計測)などと組み合わせることで、いずれその課題もクリアできる日が訪れるかもしれません。

ポジティブなものなのか、ネガティブなものなのか。アイトラッキングによって感情まで把握できるようになれば、感動の定量化が可能となり、「感動指数」を導き出すことも可能です。

そうなれば、プロモーションや空間設計がユーザーにどう影響を与えたか、より正確に把握することができるようになり、店頭POPは購買意欲を刺激できたか、店舗設計は売上に貢献するものとなっているかなど、より深く顧客の気持ちを理解することができるようになります。

また、「視線計測」によるアイトラッキング技術は現在、デバイスを着けることやインカメラを起動させることがマストになっていますが、テクノロジーが進展し、デバイスなしでも実施できるようになれば、その可能性はさらに広がります。消費者の注視率をより平易に可視化できるようになり、これまで計測できなかったOOHの効果測定や、売り場づくりの改善、商品開発への活用なども想定されるため、アイトラッキングへのニーズはさらに高まると予想されます。

その未来においても、私たちはユーザー目線を大切にしたいと考えています。ユーザーに寄り添うことが企業にとってもプラスになる。そんなビジネスモデルを描いています。


株式会社ヒトクセ 事業企画部 渡邉勇輝さん
アイトラッキング(視線計測)は、ユーザーが「いつ、どこで、何を見ていたか」がわかる技術です。現在もマーケティング調査や社員教育、モノづくりにおける技術継承など、幅広い分野で活用されています。今後さらにアイトラッキングが進化を遂げれば、そのすべてがアップデートされます。その未来では、「感動指数」をKPIにした、新たなプロモーションのカタチが生まれている可能性もありそうです。
Written by: BAE編集部

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