2023-05-25

エッジAIが、サイネージの視聴率計測から、「買わない人」の行動分析までを実現

リテール分野でのデータ活用を促進させる重要技術
店舗に設置したカメラやセンサー、マイクといったIoTデバイスによって収集したデータをAIで解析し、売り上げの向上につなげていくという取り組みは、リテール業界では一般的なものとなってきています。

小売現場でのAI活用という昨今の流れを、さらに加速させるのが、「エッジAI」の技術です。小売が持つ1stパーティーデータの活用を前提とする「リテールメディア」の推進においても重要な意味を持つであろう「エッジAI」。その可能性について、電通プロモーションプラスの本間 立平が、エッジAIプラットフォーム「Actcast」を展開する、Idein株式会社のCEO 中村 晃一さんにお聞きしました。

【対談メンバー】
〇Idein株式会社 CEO 中村晃一
〇株式会社電通プロモーションプラス 本間立平


店内での画像や音声分析に欠かせない「エッジAI」の技術

本間――まずエッジAIとは、どのような技術なのでしょうか。

中村――昨今、IoTデバイスで収集した画像や音声などのデータをAIで解析する技術が確立されてきています。その中にも2つのタイプがありまして、クラウド、つまりデータセンターの中でデータ処理を行うものが「クラウドコンピューティング」、そうではなく現場、もしくは現場の近くにあるエッジデバイスの中で処理を行うものを「エッジコンピューティング」と呼んでいます。

「エッジAI」とは、AIを搭載したエッジデバイスで、情報の処理・解析のみならず、学習・推論までをさせる技術のことです。

クラウドコンピューティングとエッジコンピューティングの概念図(Ideinコーポレートサイトより)

本間――クラウドコンピューティングと対比させると理解しやすいですね。エッジAIの優位性とはなんでしょうか。

中村――エッジAIの大きな利点というのが、「コストを抑えられるのでスケーラブルであること」、そして「プライバシー保護ができること」、この2点だと考えています。

例えば、店舗の中に設置したカメラでお客様の行動を解析しようとした時、クラウドを使ったAI処理の場合は、1秒間に5枚の画像を何時間もクラウドに送り続けることになります(5fpsの場合)。ご自身のスマートフォンからクラウドに画像をアップすることをイメージしていただければと思うのですが、通信コストや、サーバー負荷は莫大なものとなりますし、エッジデバイスとデータセンターの距離に影響され、通信の遅延も発生します。

本間――エッジAIの場合は、各現場で分散してデータ処理を行うことになるため、通信コストや遅延、サーバー負荷を抑えられるということですね。

中村――はい。画像や音声といった生データはエッジデバイス側で処理して、クラウドに送るデータは、その解析結果のテキストなど最低限の情報となり、負荷はかなり抑えられますし、用意するサーバーも小規模で済みます。また、クラウドに送る情報が限られることで、情報漏洩のリスクを低減できるというメリットもあります。

一方、データセンターで集約して処理を行う方式ですと、カメラの台数を100倍にしたら、サーバーの規模も100倍になるという世界です。そう考えると、お金もかかるし、ビジネス的にはスケーラブルじゃないんですよね。

本間――サーバーの規模を増やす必要がない一方で、エッジデバイスの台数を増やすことでコストが増さないか、という懸念もあります。

中村――確かにエッジデバイスで使われるAI専用のコンピューターは高額であるため、デバイスのコストというのは一つのネックとなってきます。その点においても弊社は、価格の安い汎用コンピューターでAIを動かす独自技術を開発していまして、その課題もクリアできています。

本間――なるほど。今までのお話を聞いていて思い出したのが、実は私、ショッパーマーケティングに携わって長いのですが、今から10〜15年くらい前に、売り場での人の購買行動を科学するという取り組みを行ったことがありました。

その時は、売り場にカメラを設置して、調査員が映像を目視しながら、お客様の行動をスケッチして、行動パターンを分類する作業を行ったのですが、「こういうタイプの人が一番お金を使ってくれる」という、そのレベルの示唆は得られる一方、1日に調査できるN数にも限界がありますし、調査費用も莫大でしたので、その後、調査員を使っての観察調査は縮小していったと記憶しています。

ですので、いま中村さんがお話しされていたように、エッジAIを活用して効率的・効果的にお客様の購買行動を分析できるというシステムなり、技術というのは、非常にニーズがあるんじゃないかと感じました。


重要なのは「買わなかった人のデータ」が取れること

本間――具体的に、エッジAIの活用事例を教えていただけますか。

中村――
ファミリーマートさんが、全国の店舗に設置を進めている※1デジタルサイネージ「FamilyMartVision」の視聴率計測に弊社のエッジAIプラットフォーム「Actcast」を一部導入いただいています。これによって、デジタルサイネージの視聴者数や、視聴者の年齢や性別を推定することができます。

AIカメラを設置した店舗(Ideinプレスリリースより)

中村
――テレビやインターネット広告のように視聴データの計測ができるようになったことで、メディアとしての価値が向上し広告収益につながるのはもちろん、メーカーや商社の側からすると、サイネージに表示された商品やタレントに対して、どのような属性の人が反応したか、あるいは反応しなかったかが計測できるので、商品開発や販促・プロモーション、クリエーティブに役立つ貴重な示唆が得られるわけです。ですので、これは広告メディアとして単に商品の認知度を上げるという以上の価値を持つと言えます。

※1 2023年2月現在、全国約3,000店舗に設置ずみ(「FamilyMartVision」HPより)

本間――全国に拠点を持つコンビニエンスストアでの導入というのは、まさにスケーラブルであるというエッジAIの強みを生かした施策となりますね。

中村――はい。またエッジAIカメラによる属性分析によって、興味深いデータが得られた事例も紹介させてください。

そごう・西武さんが、弊社のエッジAIカメラを導入して西武池袋本店の来店客の属性分析を行ったところ、驚くべきデータが浮かび上がりました。レジで取っているデータと、実際に店舗に来ている来店客の年齢分布で10歳もの差があったんです。つまり西武池袋本店では、実際は若い人がいっぱいお店に来ているのに、10歳上の人をターゲットに商品を売っていたんですね。


AIカメラ設置の様子(株式会社そごう・西武プレスリリースより)

中村――お店に来てはいるけど、買わないで帰っている人がいる。そういう、通常はデータに残らない方々に、いかに商品を買っていただくかを考えるのは、売り上げを伸ばす上で大事なことですよね。貴重な示唆を得られたということで、そごう・西武さんには高い評価をいただきました。

本間――「買わなかった人のデータ」を取って分析ができるというのは、素晴らしいと思いました。私も過去に同様の示唆を得たことがありまして、とあるキャリア様の携帯ショップで人流について調査したことがあったんです。

そのお店は、窓口に用のある方は整理券を発券して順番待ちをするシステムなのですが、観察をしたところ、実際は整理券を発券している人の、10倍以上のお客様が店舗に来店されていたのです。みなさん基本的には、空いた時間にちょっとスマホを見に来たり、雨風もしのげるので、暇つぶしに来ていたりでもするわけですけれど、おそらくそのキャリアのユーザーだよね、今は買ってくれなくても将来の顧客となりうる大事な人だよね、そういう人たちが気軽にスマホを見られる店舗になることって重要だよね、という推論を重ねていき、その後、窓口に用がある人と、ふらっとスマホを見に来た人、両方が入りやすい店舗ってどんなレイアウトだろうという検討に入っていきました。

このように、商品を買っていない人、お店の中で何もアクションをしていない人たちこそ宝の山である、という気づきを得た経験が過去にありましたので、中村さんのお話には非常に共感しました。


店内の行動からお客様の「感情」を読み取る

本間――音声データの活用はどのようなことをされていますか。

中村――とあるクライアントさんは、全国数千店舗の窓口に弊社のエッジAIマイクを導入しています。この取り組みの第一目標は顧客とのやり取りを録音・解析することで、顧客とのトラブル防止につなげることでしたが、現在は次なるフェーズに進んでいて、会話の内容を解析することで、トークスプリクトの改善など、接客の向上につなげていく、ということを行っています。

本間――面白いですね。例えば、これはジャストアイデアなのですが、スーパーマーケットや飲食店に設置したエッジAIマイクを使って、お客様の何気ない一言、「この商品ないんだ」とか「これ、美味しいね!」などの言葉を、リアルクチコミとして収集して、活用していく、といったことは可能でしょうか。



中村――
店内でお客様の話し声を拾っていくというのは、まだ技術的に難しく、プライバシー保護の観点からもハードルは非常に高いのですが、同じようなことはエッジAIカメラを使った「棚前行動分析」で実現できると思っています。

ある棚の前まで人が来て、それで去っていったと。その一連の動きを分析することで、どの棚を見ていたかとか、棚のどこを見ていたのか、商品を手に取ったか否か、など、いろいろわかるんです。同じ「買わなかった」でも、在庫がなかったから買えなかったのか、商品を手に取った上で買わなかったのか、商品を手に取るまでもなく買わなかったのかで、買わなかった理由というのは変わってきますよね。これも一種の「クチコミ」に近いようなデータになるのではないかと思っています。

本間――
店内の行動を分析することで、声なき「クチコミ」が見えてくるということですね。素晴らしいですね。先ほどのファミリーマートさんのサイネージもそうですが、昨今、リテールメディアの伸長は目覚ましいものがあります。リテールメディアは、TVCMやインターネット広告とは違い、購買地点~まさに買う瞬間での訴求になります。ですから、より「売り」に結びつく情報の打ち出し方が求められているんですよね。

そのため、我々としては、サイネージで流した商品のクーポンをその場で発行するデバイスを導入したり、お店のアプリの利用を促す情報を発信したりと、さまざまな工夫を施しています。買い物客がそういった施策にどのような反応をしたのかをしっかりと効果検証できる「棚前行動分析」は、今後マストなテクノロジーになってくると思います。

最後に、エッジAIの技術が今後どのように展開していくか、お考えを聞かせていただけますか。

中村
――エッジコンピューティングが、ここから10年15年ぐらいはものすごく盛り上がってくることは間違いないと思います。リテール分野は、システムの導入が早く、データ集めてトライして、データ集めてトライして、というサイクルが非常に早いので、まずはリテール分野からエッジAIの活用が花開き、その後徐々に他の分野にも波及していくことになるでしょう。

我々としても、AmazonさんのAWSのように、これからのエッジAIの盛り上がりを支えるメガプラットフォーマーとなれるよう、邁進していきたいと思います。

売り場で収集した画像や音声などのデータは、店舗の売り上げ向上や、収益性の改善へとつながる貴重な資産。来店客の行動分析や、サイネージの視聴率計測、データに基づいた接客の改善など、その可能性は多岐にわたります。店舗内で実施した集客・販促施策が、買い物客にどのような行動変容を促し、どのように購買に結びついていったのか、その過程を把握することも可能です。

昨今、小売が持つ購買・行動データを活用したリテールメディアの導入が流通小売で進んでいますが、その上でもカメラやマイク、各種センサー類などのエッジデバイスの大規模運用が容易にするエッジAIの技術には、今後ますます注目が集まってくるでしょう。


中村 晃一
Idein株式会社 CEO
1984年生まれ、岩手県出身。東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻後期博士課程にて、スーパーコンピュータの為の最適化コンパイラ技術を研究。AI/IoT技術を利用して物理世界をデータ化する事業にチャレンジしたいという想いから、大学を中退し2015年にIdein株式会社を設立。2018年には半導体大手の英ARM社から「ARM Innovator」に日本人(個人)として初めて選出された。

本間 立平
株式会社電通プロモーションプラス
売り手と買い手の双方の視点から「買いたい空気」を導き出すショッパーマーケティングと、心理学や行動経済学をベースにした「買わせるメソッド」で売り上げアップに取り組む。 著書に『電通さん、タイヤ売りたいので雪降らせてよ。』(大和書房)、『武器になる雑談力』(きずな出版)がある。

Written by: BAE編集部

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