2023-04-18

ウェルビーイングにつながる、脳波の活用──ブレインテックの現在地

脳科学×エンタメが生み出す新たな体験価値
アメリカ最大級のコンシューマーエレクトロニクスの展示会「CES」。3年ぶりに制限のない開催となった2023年1月の会場には、115,000人を超える来場者が訪れました。

同展示会は、テクノロジーの祭典として知られており、展示内容から今後のトレンドを把握できる場となっています。そのなかで、脳科学とITを融合させた「ブレインテック」は、出展企業も増加している注目分野のひとつです。

その現在地とはどのようなもので、活用はいかに広がっているのでしょうか。脳波を“耳”から読み取り、脳科学の社会実装に挑むブレインテック企業、VIE STYLE株式会社 代表取締役 今村泰彦さんにお話を聞きました。


2024年には約5兆円に達する、ブレインテックの市場規模

――近年、CESでも注目分野のひとつになっている「ブレインテック」ですが、その市場規模、現況とは、どのようなものなのでしょうか。

三菱総合研究所が2022年に発表したデータによれば、ブレインテックの世界市場規模は、来年2024年にはおよそ5兆円規模になると予想されています。これは、2020年と比較すると2割も増加していることになります。この巨大市場に、世界中の企業がビジネスチャンスを見いだしているわけです。

ちなみに、テスラCEOのイーロン・マスク氏も、2016年に「Neuralink(ニューラリンク)」というブレインテック企業をアメリカで立ち上げています。

そのなかで日本は出遅れているのが現状です。 ブレインテック企業は、アメリカには237社あるといわれていますが、日本では4社(2020年時点)にとどまっています。しかし今後日本でも、参入企業が増加し、同市場もさらに盛り上がりを見せるのではないでしょうか。

ブレインテック市場は2024年に約5兆円に達する見込み。ブレインテック企業数の多いアメリカが同市場を牽引している

――御社はニューラリンクよりも早い、2013年に設立されています。ブレインテックのどのような点に着目されたのですか。

もともと、「生体情報」を活用した事業を展開できたらという思いがありました。2015年にApple Watchが登場すると、スマートウォッチが一気に普及し、生体情報のひとつである「心拍数」の計測などは一般化していきました。

これもセンサーによる生体情報の取得なのですが、「心拍数」というのは、あくまで心臓が拍動した回数であり、それ以上でも、それ以下でもありません。ただ、ストレスや睡眠と心拍数には関連があり、ストレスを感じると、心臓は一定の拍動をし、睡眠時には心拍数は下がるといわれています。この特性を活かして、ストレスや睡眠の質を可視化、測定することは可能です。

一方で、脳から取得できる情報量というのは、ニューロンの数を考えても圧倒的です 。つまり、脳を知ることができれば、より正確に人の心や状態を把握することが可能になるわけです。そう考えると、心拍数より多くの情報を取得できる脳に注目が集まったことは、ある意味で必然なのかもしれません。


デバイスの小型化と、AIの進化が市場拡大の要因

――以前からあった「生体情報」活用のトレンドが、近年、心拍数から脳データへと移行したとも言えそうですね。

そうですね。その理由は、大きく2つあると、私は考えています。

ひとつは、計測デバイスの進化です。昔は無数のセンサーを頭につけて、脳波を測定していました。ですが、現在は非常に小型で、簡単に測定できるデバイスが登場しています。

たとえば、弊社の開発した「VIE ZONE(ヴィー ゾーン)」は、イヤホン型脳波計となっており、耳につけるだけで、脳波を測定することが可能です。これにより、従来の課題だった日常生活における脳波計測も容易となりました。

イヤーチップが電極となり、耳(外耳道)から脳波を取得できるウェアラブルデバイス「VIE ZONE」

もうひとつが、AIの進化です。脳には、何百億個ものニューロンと何兆箇所もの接続部分(シナプス)が存在します。その情報量はあまりにも膨大で、そもそも解析すること自体が、非常にハードルが高かったのです。しかしAIが進展したことで、脳波の変化が意味することを解析できるようになってきました。


実は親和性が高い、ブレインテックとヘルスケア

――ブレインテックは「教育・スポーツ」「睡眠・音楽」「ヘルスケア(健康管理)」と相性がいいといわれています。特に注目している領域はありますか。

「ヘルスケア」ですね。日本WHO協会が2021年に発表したデータによれば、世界人口の約半数を占める36億人は、最低限の保健サービスを十分に受けられていません。つまり、ヘルスケアというのは、実は世界規模の社会課題でもあるのです。ブレインテック同様、この領域の注目度も高く、Appleは近年、ヘルスケアの分野に非常に注力していることでも知られています。

ちなみに、昨今SDGsと並び注目されている、身体的・精神的・社会的に良好な状態にある「ウェルビーイング」という概念は、WHOが1946年に提唱したものであり、ヘルスケアの文脈に含まれるものです。

ですから、現代における「ヘルステック」とは、心と身体、両方の健康管理を意味します。そのなかで私は、人の心と身体はつながっていると考えています。どこまでが心で、どこまでが身体なのか。その線引きは非常に難しい。心で考えて、身体が動くなら、ほぼ一体と捉えることもできます。

そして、そのすべてを司っているのが「脳」。つまりブレインテックは、ヘルスケアとも非常に近いところにあるテクノロジーなのです。今後、ヘルスケアとブレインテックは切り離せない、という時代が訪れてもなんらおかしくないと私は思っています。

――そのなかで御社は、ブレインテックを、エンターテインメントと組み合わせる取り組みをされています。その2つを組み合わせている理由を教えてください。

ヘルスケアには、「予防医学」も含まれます。予防医学は、1953年に、アメリカの医学者が「病気を予防し、生命を延長し、身体ならびに精神の健康と能力を増進する科学と技術である」と定義しています。

ここにある“精神の健康”とは、心の健康でもあります。エンタメには、心を元気にするチカラがある。私から見れば、エンタメもまた、予防医学なのです。当然、両者の親和性は高いと考えたわけです。


エンタメを拡張する、ブレインテック

――ブレインテック×エンターテインメントの事例を教えてください。

KDDI様と実施した「GINZA 456 ととのう宇宙ラウンジ」は、デジタルヒーリング体験によって、サウナの“整う”体験を届けるというものです。

まず、「整う」というのは、サウナで熱した身体を水風呂で冷やすと、なんだか気分がよくなって、感覚が研ぎ澄まされると言われているわけですが、その状態を脳科学的に分析しました。

通常とは違う脳の状態を「変性意識状態」と言います。あの、サウナで体感するボーッとした感覚というのは、まさにこの状態に該当します。脳波の周波数が低下し、自意識が薄れる。同時に気分はよくなり、頭もすっきりする。それを求めて、みなさんサウナに行くわけですよね。

一方で、気分転換はしたいけれど、サウナは苦手という方も一定数いらっしゃいます。ならば、熱の刺激ではなく、脳への刺激で同じ状態を提供することができれば、喜ばれるのではないか。そう考えたわけです。

具体的には、“整っている状態”の脳を、AIに学習させ、映像や音楽などの刺激によって同じ状態を再現します。ユーザーは、イヤホン型脳波計「VIE ZONE」を装着。ユーザーの脳の状態をAIが判断し、脳波を解析して「ととのいスコア」を可視化し、光や映像表現によって、脳が“整う”ようにサポートしました。

この、ブレインテックによる“整う”体験は、参加された方からも好評で、企画は現在も継続中です。(2023年4月現在)


――ブレインテックを活用し、よりパーソナライズされた体験を提供することも可能なのでしょうか。

はい。同じくKDDI様と実施した、脳波を使ったデジタルお花見体験「GINZA 456 願いツナグサクラ」(2022年5月終了)があります。

「VIE ZONE」で、ユーザーの脳波を計測。その波形によって桜が生まれ、さらにタブレットに願いごとを書き込むと、絵馬となって目の前の壁面に出現するという、リアルとデジタルを融合した体験をサポートしました。

脳波計で計測した4種類の脳波 (θ波、α波、β波、γ波)の周波数に応じて、桜の色、花の形状がカスタマイズされ、600種類以上のデザインパターンから「自分だけの桜」が誕生。空間全体が満開の桜となって壮大なデジタルお花見体験ができるほか、空間全体が幻想的な桜吹雪に包まれるエンタメ体験は、大変好評だったと聞いています。

VIE STYLEが脳波の計測や活用を監修した「GINZA 456 願いツナグサクラ」

ほかにも、NHKの番組『NHK/シチズンラボ』では、脳波をリアルタイムで音楽に変換するという実験をしました。これも、人それぞれ異なる脳波を、音として可視化したもので、番組はとても盛り上がりました。同様に、民放のバラエティ番組で、出演者の笑いのツボを数値化し、芸人さんのネタの面白さを、脳波の反応で計測するというトライをしたこともあります。

どの事例も、「脳」を起点にすることで、さまざまなコト、体験価値がアップデートされているのが最大の特徴でしょう。


今後は、最大公約数ではなく、個を捉える時代

――ブレインテックは今後、さまざまな分野で活用されていくと思います。どのような未来、変化が訪れるとお考えか、聞かせてください。

脳にはいまだ、解明されていない未知の領域が多く残されています。そのなかで今後、脳の謎が明らかになっていけば、さまざまな日常の体験をアップデートすることが可能になります。

些細な日常がより豊かになったり、楽しくなったりすれば、それは「ウェルビーイング」にもつながると考えています。

また、これまでの広告、マーケティングというのは、最大公約数を狙ったり、特定のクラスターを狙ったりしていたと思いますが、ブレインテックを組み合わせることで、よりパーソナルなアプローチが可能になります

世界人口は、およそ80億人といわれますが、本来、人の数だけ正解があるわけです。今後マーケティングだけでなく、さまざまな分野で、個々に寄り添い、最適なアプローチ、サービスの提供をしていくことがより求められていく。その世界で活躍するのがブレインテックなのではないかと、私は考えています。
今村泰彦 VIE STYLE株式会社 代表取締役
市場規模は年々拡大、注目の分野である「ブレインテック」。脳科学とITを融合させたテクノロジーは現在、ヘルスケアやエンタメ、教育など、さまざまな領域で活用が進んでいます。特にエンタメの分野では、脳科学によって体験価値を向上させ、ウェルビーイングにもつながるという効果を生み出しています。また、脳波を活用したパーソナライズされた体験は、心にも深く刻まれるのではないでしょうか。今後、幅広い場面・分野でブレインテックは活用されるでしょう。そしてその動向に、世界中から大きな注目が集まりそうです。

Written by: BAE編集部

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