2019-07-05

活用分野は未知数、いま世界が注目するブレインテックが切り拓く未来とは?

「脳×テクノロジー」が生み出す最新ビジネスと可能性
近年、脳波の計測データをビジネスなどに活用する「ブレインテック」という新しいテクノロジーが、海外を中心に様々な業界から注目を集めています。そもそも、ブレインテックとは何なのか。どのような分野で活用でき、どんなビジネスを生み出せるのか。ブレインテックのビジネス支援や業界調査・分析を行う株式会社neumoの代表取締役の若林龍成さんに国内外のブレインテックの現況や将来性についてお話を伺いました。


スタートアップ企業が次々登場、世界が注目する脳神経科学

——そもそも、ブレインテックとは、どのようなテクノロジーなのでしょうか。

ブレインテックとは、脳や身体に対する計測を行ったり、刺激を行なって状態を変化させるテクノロジーを指します。

例えば、脳への直接の計測や刺激に加えて、脳とつながっている身体ネットワークの反応を測定することで脳の状態を把握したり、身体ネットワークへの刺激によって脳を変化させる、など身体ネットワークを用いることで脳を測定したり刺激する方法もあります。

「身体をネットワークと捉える」というのがかなり重要です。脳を直接対象とする技術だけでは、どうしても活用の幅に限界があります。身体全体の神経をネットワークとして捉えることで、応用の幅が広がるというのが面白いと思います。

——ブレインテックは、いつ頃から研究されている分野なのでしょうか。

その概念は昔からあったもので、海外ではNeuroTechといわれたりもします。ブレインテックという言葉自体は和製英語で、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)が参画する地域発研究開発・実証拠点「けいはんなリサーチコンプレックス」で使われ始めたといわれています。

CESでも近年注目を集めている、ブレインテック

——今、なぜこれほど注目を集めるようになったのでしょうか。


近年の盛り上がりの背景には、2つの大きな世界的な動きがあると考えます。まず1つは、2013年にアメリカのオバマ大統領が、アメリカの脳神経科学を推進するブレイン・イニシアティブの発表、それからイスラエルの故シモン・ぺレス前大統領が、Brain Nationという概念を掲げたことで、IBT(Israel Brain Technologies)を設立され、同団体がBrainTechカンファレンスを隔年で主催するなど、ブレインテック推進活動が活発になってきたことが挙げられます。アメリカはサイエンスを中心に、イスラエルはビジネスを中心にブレインテックを推進するという動きが、ブレインテックのムーブメントを後押しする大きなきっかけになったと思います。

2つ目の大きな動きは、シリコンバレーの動向です。2016年のイーロン・マスク(スペースX社CEO)のブレイン・マシン・インターフェースのデバイス開発会社Neuralinkの設立、起業家ブライアン・ジョンソンが個人資産約110億円($100M)を投下して立ち上げたKernel、さらに2017年にはレジーナー・デューガン(DARPAの元局長)がFacebookの開発者会議「F8」でFacebookもニューロサイエンスに取り組むという主旨の演説を行いました。もともと下地として政府の脳神経科学の展望に対する大きな動きがあり、そこにシリコンバレーで2016、2017年と次々と盛り上がってきたという経緯があります。


——日本国内の動きは、いかがですか。

日本でいうと、日産がCES2018で自動車の運転支援技術と乗車時の快適性を追求するためにブレインテックを使うというコンセプトを発表しました。この発表は日本の投資家の関心を集め、株式市場にも影響があったほどです。


スポーツ、マーケティング、教育、広がる活用分野

——現在、実際にどのような分野で、ブレインテックが活用されているのでしょうか。

1つには、より良い睡眠を実現する技術であるスリープテックがあります。日本の大手企業が新規事業を検討する上で、ヘルステックや働き方改革の文脈から非常に注目されている分野です。

そもそも睡眠と脳は切り離せない関係で、睡眠のステージは脳波で定義されています。脳波は筋肉由来の信号(筋電)がノイズとして入ってしまい計測しづらいですが、寝ているときにはこのノイズが比較的少ないので、技術的にも計測しやすいという利点があります。

PEGASI社のメガネ型デバイス、Smart Sleep Glasses

また、より質の高い睡眠をとれるよう、寝ている間に特殊な音を聞かせたり、起きている間に脳をトレーニングする製品、あるいは目覚めをすっきりさせたり快適に仮眠ができる製品などもあります。

それから、海外で盛り上がっている分野としては、スポーツですね。KDDI等も出資しているHalo Neuroscienceという会社がありますが、tDCS(経頭蓋直流電流刺激)によってトレーニング効果を高めるといった製品開発を行っています。製品は、アメリカのオリンピック代表やMLB、NBAの選手が使っています。

五輪選手も導入しているというヘッドホン型デバイスが話題の、スポーツテック企業Halo Neuroscience社

——マーケティング、商品開発分野での活用についてはいかがですか。

例えば、米国のニールセンが脳波でマーケティング効果を予測するといったことに取り組んでいますし、日本でもニューロマーケティングを行う企業がありますので、今後伸びてくる分野だと思います。ただし、当然ですが万能のツールではなく、測定できることと測定できないことがありますので、専門の会社の方とよく相談された上で進めたほうが良いかと思います。

——ブレインテックの、具体的なビジネス事例を教えてください。

大企業ではフィリップス社をはじめ、ヘルスケアのジョンソン・エンド・ジョンソン、国内大手の製薬メーカーであるシオノギ製薬も参入してきています。シオノギ製薬は、デジタル薬という分野に参入したいということで、アメリカのAkili Interactive Labsというデジタル治療用アプリ開発に特化した企業とライセンス契約を結びました。小児ADHDと自閉症スペクトラムを改善するためのデジタル治療用アプリで、日本と台湾で独占的開発・販売権を獲得しています。デジタル薬というのはいわゆるゲームで、ゲームをやることによって症状を緩和、改善するといった効果を発揮するものになります。

他にも、瞑想やリラックス、ストレス緩和といった分野でもブレインテックの活用が進んでいます。最近では、瞑想分野のユニコーン企業であるCalmが8,800万ドルの資金調達をしたというニュースもありました。神経科学や心理学に基づいていてしっかりと効果の出るものであれば、いろいろな分野を開拓できるのだと思います。


——教育分野にも活用できますか。

例えば、弊社も取り組んでいる音楽分野関連では、音楽に関わる脳の能力を高めることで、学校の成績がよくなる可能性があると考えています。実際、音楽、とくに楽器を習っている子供は、数学・科学・英語の成績がよいという研究が最近発表されました。

脳神経科学による裏付けとなる研究も多く出てきています。例えば、上流階級の子供と比べ、そうでない家庭の子供では、音節を聞き分ける神経の反応(聴性脳幹反応:ABR)が乱れてしまうという研究があります。理由として、子どもが3歳くらいまでに親から聞く単語数が、上流家庭ではない家庭では3,000万語少ないことや、住んでいる環境が悪く騒音が多いことなどが挙げられています。

神経の反応が乱れているため、先生や親が話す言葉の音節を聞き分けることが難しく、結果として語学やその他の勉強に悪影響があると考えられています。しかし、そのような子供でも、音楽を2年くらい習うと、神経の反応が普通の人レベルに追いつくという研究もあります。

例えば、ブレインテックを使ったトレーニングを行うことで、音楽の訓練期間を短縮でき、子供の基礎能力向上の手助けができる可能性があります。


目指すのは、人間の可能性の最大化

——日本のブレインテックの市場規模の現況、課題について教えてください。

我々の持っているデータベースの範囲でいうと、50億円以上の資金調達をした企業が2017年から2018年にかけて海外では3倍になっています。CESやIBTに行くとブレインテック関連商品が多数ありますが、日本ではやはりまだ少ないのが現状です。ただ、水面下ではいろいろな人が起業またはすでに起業をしているので、これから結構盛り上がってくるのではないかと思っています。


課題については、費用面が一番大きいですね。また、ブレインテックは、まだ誤解されやすい、胡散臭いイメージを持たれやすい分野です。しかし、ちゃんと科学に基づいた指標を選択し、その指標に基づいて実験や検証を繰り返し、例えば、ニューロマーケティングにより商品開発において、ブレインテックを使った方が使わない場合と比べて優位な結果が出たとなれば、その指標はある程度証明され、商品を使ってみようかということになると思います。

——ブレインテックが一気に市場規模を拡大するきっかけは、ありますか。

拡大を最も加速させるきっかけとなるのは、測定器の進化でしょう。今ある技術とは格段に違うレベルで脳や神経を測れるようになるデバイスが出てきたり、既存の計測器の進化形が現れたりすれば、世界が一気に変わると思います。

——ブレインテックによって、私達の未来はどのように変わっていくと考えられますか。

弊社の理念として「人類の可能性の最大化」を謳っています。つまり、ブレインテックによって人間の可能性が広がるのではないかと思っています。かつてAIが登場した時に、AIは面白いし活用したいと多くの人が思った一方で、AIによって仕事が奪われるという悲観的な意見も出ましたよね。その時に、でも我々だってまだまだやれるんじゃないかと、人間の可能性を最大化したいと思ったんです。

とはいえ、人間の能力は徐々にコンピューターやロボットに置き換わっていきます。数十年後の将来、我々に何が残るのだろうと考えると、やはり人間性の根本として残るのは主観や感性ではないかと思います。世の中は今まで、自分には何ができるのか、どのような能力があるのかという指標で動いていましたが、遠い将来AIが人に代わってその役割を担うようになっていくのなら、自分がどのように世界を感じて楽しめるかという感性と、それをどう人と共有できるのかが最も重要になる気がします。

ブレインテックは人間の可能性を広げ、未知の能力の開発につながるテクノロジーです。それは我々人類が目指す直近の未来にとって必要な要素だと思います。そして、中長期的には、人生や生きている瞬間がより楽しくなることが、ブレインテックが人類に最終的にもたらすべき価値ではないでしょうか。

睡眠、ヘルスケア、スポーツ、能力開発、教育、マーケティングなど、その活用分野においてまだ多くの未知の可能性を秘めているブレインテック。
ブレインテックは、もはや世界的な潮流といえそうです。
日本でもスタートアップ企業がどんどん参入してくる動きがあり、今後ますます注目に値する分野といえそうです。
Written by: BAE編集部

CONTACT

お問い合わせ

お問い合わせ

お仕事のご相談やその他お問い合わせはこちら

資料ダウンロード

電通プロモーションプラスのソリューション資料一覧はこちら
page_top