2020-06-03

人々が共感する脚本を生み出す「ストーリーAI」の可能性

AI脚本はクリエーティブの未来にどう活用されるか
様々なビジネスやサービスへの実装が進むAI(人工知能)。データの解析・評価・予測など以外に、クリエーティブ分野における開発や活用も進んでいます。
すでに画像処理や文章の整理、デザイン、コピーの作成などにおける過程の自動化などに役立てられていますが、最近ではAIが日本語を駆使して「物語」を生み出すという取り組みも発表され、さらに注目を集めています。
ストーリー生成AIの開発の現在地や可能性について、株式会社Ales(アレス)の、藤井さんと稲葉さんにお話を伺いました。


人々が共感できるストーリーを日本語で作成する

――2020年2月に物語を生成するAIの開発に成功されたそうですが、どのようなソフトウェアなのでしょうか。

藤井――ストーリーを生成するAIソフトウェアのプロトタイプで、「フルコト」と名付けました。短編映画の脚本を生成し、映像化も進めています。
私自身がもともとエンタメ業界出身であり、映画、小説、漫画、アニメ、ドラマ、ゲームなどのクリエーティブに役立つような脚本やストーリーの根幹の作成にAIを活用できないかと考えて、開発をスタートさせたものです。

――どのように物語ができるのですか。

稲葉――短編映画用の脚本を想定して、登場人物やおおまかな設定を書いた80文字のログラインに基づいて、20~60文字の連続した短い文章を16本作成しました。これが、起承転結のある物語になっています。

——どのような技術が投じられているのですか。

稲葉――フルコトのベースになっているのは、「P-S-L技術」という独自の技術です。P(プロットライングラフ)、S(Sentimental Analysis=感情分析)、L(ログライン)という3つの要素をAIによる評価、判断に用いて、多くの人が共感でき、盛り上がりのあるストーリーのベースを生み出します。
高度な文章作成ではなく、「物語としての面白さ」「脚本としての実用性」「バリエーションの増加」を叶えることを目指しています。

脚本家によるメソッドと、データサイエンティストの技術センスの合わせ技で誕生したAI。今後「小箱」の文字数を増やせれば、2時間以上の映画の脚本も書けるという
※ Ales社制作資料より

藤井――2016年に過去のSF映画から学習し、脚本を生成するAIの一種「Benjamin(ベンジャミン)」が米国で発表され、作品が映像化されて話題となりました。ただ、話の展開やセリフに矛盾や違和感が多々あり、良く言えば奇想天外ですが、万人が楽しむには難しい作品とも評価されています。

Benjaminが脚本を出力したSF映画「Sunspring」。内容や言葉遣いに奇妙な点は多いが未来感があり、AI創作のレガシーに

藤井――その他にも、IBM社の「Watson(ワトソン)」が映画の予告編の生成などに成功しています。
また、我々Alesの取締役会長でもある、AIの第一人者・松原 仁教授が技術統括サポートを行った「TEZUKA 2020」プロジェクトなども近い取り組みとして挙げられます(手塚治虫作品のプロットから、ストーリーの骨組みをAIが生成し、新作コミックを生み出した企画)。
日本語で物語を生成するAIとしては、フルコトが世界初になると思います。

——記事のサマリーを生成するAI、小説を組み立てるAI、俳句やコピーを創るAIなどが存在しますが、どう違うのでしょうか。

稲葉――AIが将棋のような、ルールや形式が決まっているゲームに強いことは、多くの方がご存じだと思います。同様に、文章の整理や構成、俳句やコピーの生成など、条件や枠組みを設定しやすく、限られた世界の中で考えればよい内容に関しては、計算上有利に働けます。
しかし、何千文字という広い世界の中で、自由度の高い“物語”をきちんと成立させるとなると、非常に計算しにくいのです。フルコトはそのような自由度の高いクリエーティブを可能にしたからこそ、難易度も高く、ユニークな取り組みだと評価されています。


効率化やユニークな表現でクリエーターをサポートする

稲葉――現在映像化を進めている初作は、登場人物が問題を抱えながら、とあるきっかけに出会い、ピンチを乗り越え、ブレイクスルーを経て、ハッピーエンドへ……という展開の作品です。起承転結があり、ハラハラするシーンもあります。多くの人が共感できる明るい物語を目指して、AIに生成を指示しました。

非常にベーシックな展開ですが、市場的にもそのような物語には普遍的なウォンツ、ニーズがあると考えています。例えば、ヒーローがすぐ倒されるとか、突然不幸になるといった変わった展開ばかりを望む読者や視聴者は少ないですよね。

——AIの学習のさせ方や処理によっては、異なるテイストの物語も創れますか。

稲葉――もちろん、設計によっては暗い話、不思議な話なども目指せます。また、現状で創れるのは単一視点の物語ですが、将来的には、同じ作品を違う視点から見たシナリオやスピンオフ作品などの生成や、視聴者一人一人の希望に合うような複数の結末を生成できるように、AIを成長させることなども考えられます。視点を変更した結果の生成などは、AIの得意な作業ですから。

——具体的にはどのような場所で、どのような使われ方が想定されるでしょうか。

藤井――フルコトの場合は、まずB to Bにおける脚本家や作家のサポート役を目指して開発を進めています。例えば、ブレスト時の着想をAIがその場で一稿(最初の原稿)にまとめ、それを制作現場が共有し、肉付けや選別を経てクリエーティブを行うといったフローが考えられます。よく語られる将来像ではありますが、“人間とAIが共創する”イメージですね。

活用先としては、IPや著作権を有し、作品を創るメディア、つまり、テレビ局やラジオ局、出版社、ゲーム会社、代理店などが考えられるでしょう。
エンタメ業界は意外とアナログで、マンパワーが不可欠な業界で、過重労働やリソース不足が慢性化した現場も少なくありません。そこを日本語でサポートできるAIがあれば、プロダクトの質の向上や作業の効率化に貢献することが可能になると思います。

企画のテーマやパターンを決めて、AIに打ち合わせの場で物語のバリエーションをはじき出させる、といった使い方が想定できる

——企業活用を想定した場合、ポイントとなるのはどんな点でしょうか。

藤井――AIに与えるデータや情報の整理がうまくできないと、思うような精度が出せない可能性があります。
そもそも、費用対効果を含め、「どんなデータで何ができるのか見当がつかず、AIへのシステム投資ができない」という企業や法人はまだまだ多いでしょう。我々開発側がそこを丁寧に吸い上げ、コンサル的な役割も担いながら、活用を一つ一つ実現していく必要があると感じています。

——to Cでの活用も想定できるでしょうか。

藤井――例えば、ボーカロイドのようにフルコトを一般のユーザーにも使ってもらい、面白い結果が出れば、フルコト自体がアーティストとして活躍できるかもしれませんね。日本には二次創作などを面白がる文化もありますから、C to Cへの拡大などもありえそうです。

——AIだからこその意外な発想が飛び出す可能性などもあるのでしょうか。

稲葉――そうですね。我々のブレーンが集まって、フルコトにいろいろなパターンの文章を出させていた際に、面白いことがありました。結果の一つに「少年、発芽する。」という文章が混じっていたのです。当然ですが、「人間」は「発芽」はしません。でも、思春期の感情の萌芽や成長のプロセスを、「発芽する」という独特な言葉で表現したようにも読めます。人間が狙って書けないようなことが、AIなら突然変異的に出てくるかも……、という面白さは期待できると思いますね。

——ユニークな表現や展開は、クリエーターにとって参考になりそうです。

菅原――言葉同士の関係性をAIに示す、「Word to vector」という考え方に基づいた学習のさせ方があります。そのチューニングによっては、人間とは違った表現を無数に得られる可能性もあります。

「AIにホラーやバイオレンスなどのデータを学習させたらどうなるか」といったことも、まだまだ試す価値があると思います。
例えば、フルコトには“何かを傷つける”ことがどういうことなのかを教えていないため、善悪の区別がつきません。人間には「傷つける=悪い、怖い」といった認識がありますが、このようなバイアスや先入観がない状態のAIが生成した物語には、新鮮な価値観や新たな概念などが含まれるかもしれません。

(写真左から)株式会社Ales 執行役員 CTO 稲葉 亮(いなば・りょう)さん、株式会社Ales 代表取締役社長 藤井 竜太郎(ふじい・りゅうたろう)さん


1on1のマーケティングにも活用できる可能性

——ストーリー生成AIの実用化に向けた課題などはあるでしょうか。

藤井――実用展開するには、学習やデータ収集からそれぞれのIPホルダーが求める形にアウトプットを変えねばなりません。そのためには、生成はもちろん、評価という部分でも、AIの精度を高めていく必要があると考えています。
AIに1万字の物語を千本出されても、人間は全て読めませんよね。評価の精度を高めて千本のうちの上位の3本に絞る、というところまでできて初めて実用的だと言えると思います。

また、ストーリー生成AIはクリエーティブAIの分野でも独自性の高い部分ですし、現状ではエンタメ業界の中での決まった位置づけやフォーマットがありません。エンタメ制作の進化やあり方、現場の課題感をよく見聞きして、貢献できるような形にAIの側を成長させていかなくてはならないと思っています。

——ストーリー生成AIの、今後の可能性について教えてください。

藤井――例えば、特定の作家の作品のみを学習させて、作風や作家性を反映させた物語を生成させる、といった展開も考えられます。
賛否は起こりそうですが、先述の手塚治虫さんのプロジェクトのような形で、「亡くなったクリエーターの脚本家の新作と呼べる物語をAIが書く」といった未来も創れるかもしれません。

また、1 on 1のマーケティングにもより関わっていけると思います。昨今ではPRや広告のクリエーティブにおいても、個々のユーザーの好みや属性に合わせたパーソナライズ化や、共感が重要視されるようになりました。
いわゆる“マス受け”ではない、一人一人に向けた共感性の高いストーリーなどが求められる際の作成リソースを、AIが自動化によって埋めるといった展開も、多いにありえると思います。

——目標や展望を教えてください。

藤井――脚本家やデータサイエンティストはもちろん、様々な企業や機関とも協力して、2025年頃には映画が1本撮れるくらいの脚本を生成できるよう、フルコトを今後もバージョンアップさせていきます。
将来的には、アカデミー賞の脚本賞へのノミネートを狙えるくらいのクオリティの作品を完成させたいですね。AIがエンタメ業界の中でより役立つ存在になるよう、私たちも切磋琢磨していきたいと思っています。
認識系だけでなく、生成系へと進化し活用の幅を広げるAI。ストーリー生成AIは近い将来、映画やドラマなどのクリエーティブの制作フローにも革新を与えそうです。AIによる物語の自動生成やパーソナライズ化が実現すれば、広告やPRにおいても、人々の心に感動や共感を与える「物語の力」が、また新たな形で活用できるようになるかもしれません。

Written by: BAE編集部

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